世界中で熱いトピックとなっている気候変動問題。COP26開催地となったスコットランドで、20年前からエコ住宅プロジェクトに取り組んでいる建築家トム・モートン氏の活動が、現在注目を集めています。
地球温暖化で自然災害が急増
英国グラスゴーで開催されたCOP26(国連気候変動枠組条約第26回締約国会議)。2030年までの温室効果ガス削減目標を見直すことを目的に、世界の気候変動問題への取り組みについて各国の代表によって熱い議論が交わされました。
COPとは『締約国会議(Conference of the Parties)』の頭文字をとったもの。国連の「気候変動枠組条約」に参加している国のトップが集まる会議のことで、2021年の開催で26回目を迎えました。史上初めて温暖化防止のための国際協定「京都議定書」が結ばれた京都会議(1997年)は3回目、つまりCOP3に当たります。
気候変動問題は年々上昇する地球温度によって引き起こされています。その原因は人類が排出するCO2など大量の環境ガスです。地球温度が上がることで暴風雨や洪水が起こり、北極などの氷が解け海面が上昇し、熱波による森林破壊など様々な自然災害が引き起こされます。オーストラリアなどで起こる大規模な森林火災も地球温暖化が原因の1つになっています。COP会議では地球とそこに暮らす人類や様々な生き物のために、国際社会がどのように対策をとるのか国境を越えて話し合い合意します。
COP26で注目される低炭素ハウス
COP26では産業革命前からの地球の気温上昇を「1・5度に抑える努力を追求する」という合意がなされました。これにより海面上昇や異常気象の問題を減らし、リスクにさらされる人口を数千万人単位で減らしていくことができるといいます。
この「努力を追求」とは、具体的には国や自治体単位で再生エネルギーに切り替える、フードロスを減らす、自家用車や運輸トラックをEVに切り替え、充電ステーションの普及などのインフラを整えるといった内容が含まれます。
また脱炭素社会のためには人々の生活の基礎となる住居への対策も欠かせません。断熱性やエネルギー効率を上げ、屋根を使った太陽光発電などでエネルギー消費量を正味ゼロにする住宅は「ゼロエネルギー住宅(ZEH)」と呼ばれています。
エコ建築の先駆者トム・モートン
COP 26の開催地スコットランドで、長年にわたりこのゼロエネルギー住宅に取り組んでいる建築家がトム・モートンです。彼のチームは20年前からエコ建築に特化した数々のプロジェクトを手掛けており、遊び心あるデザインと持続可能な素材の組み合わせに定評があります。
様々な健康被害を引き起こす化学薬品を使った従来の建材を控え、生分解可能な自然素材を用いるのが彼の哲学です。屋根やロフトの断熱材にも、石油由来の製品の代わりに羊毛や麻(=産業用ヘンプ)の繊維を用いることでCO2ガス排出量を減らし、断熱性を高めることで空調エネルギーをカットすることができます。気になる費用も天然素材の認知が広まったことで下がってきており、初期コストは高めでも長期的に満足のいくものになるといいます。また自然素材でできたローカーボン住宅は周りの環境にもよくなじみます。
20年前にはエコ住宅そのものの認知度が低く、非常にニッチな取り組みとして扱われたといいますが、気候変動問題が世界の最重要課題になっている現在、彼のチームが率いるプロジェクトは大きく拡大しています。
COP26に向けた教育センター
モートン氏のチームはCOP26関連のプロジェクトでも大活躍しました。スコットランド西海岸、ロスニース半島にあるコーブパーク・アートセンター付属の教育スペースは彼の手によるもの。
これは文化交流と教育機会を促進する英国の公的な国際文化交流機ブリティッシュ・カウンシルから委託された「Future by Design」プロジェクトの一部で、COP26開催とデザインを通して、若者たちが気候危機への取り組みに参加できるようにすることを目的としています。コーブパーク、トム・モートン氏率いるチーム、ガーナを拠点とする芸術家のメイリン・ロッコ、地元の建築家、エンジニア、デザインの学生や若い専門家とのコラボレーションによって誕生した湖を望む美しいアーチ型の半屋外スペースでは、未来を担う若者を対象にした様々なワークショップが行われました。
サステナブル住宅とは
モートン氏は生活の多様化に伴い、コミュニティ主導の住宅づくりや素材の研究にも携わっています。これには高齢者向けの共同住宅、手軽な価格のエコホームの設計なども含まれます。建材が地球に優しい再生可能素材でできているという意味だけでなく、健康被害を引き起こさず、丈夫で熱効率がよくランニングコストがかからない、住む人にとっても優しいサステナブルな生活がテーマです。
素材としては産業用のヘンプ建材などの天然素材が選ばれています。大麻草(ヘンプ)は古代から栽培され、紙の原料や生分解性プラスチック、建設業界での用途に至るまで幅広い用途に使われています。また天然素材は精製や処理を最小限に抑えることができ、環境負荷を減らします。
建材にはヘンプの茎が用いられます。「ハーズ」と呼ばれる麻チップと繊維の二つに分けられ、ハーズは屋根瓦、壁用のボード、ファイバーボード、断熱材、パネル、レンガ、そして最近人気のヘンプ製ブロックなど様々な製品に利用されます。繊維は断熱材、ブレンド素材としても使用されます。
シックハウス症候群を引き起こす化学薬品をほぼゼロにすることができ、石油由来の素材と異なり再生可能であることが特徴です。
オリンピック会場でも使用されているヘンプ建材
北京で開かれた2022年冬季オリンピックの会場でもヘンプ建材が使われています。カナダのアルバータ州カルガリーを拠点とするカナディアン・グリーンフィールド・テクノロジー社では、27トンを超える麻ベースの「NForceファイバー」を、冬季五輪の競技用リュージュやボブスレートラックのために提供しています。この「NForceファイバー」は、主にコンクリート強化剤として使用されるプラスチック繊維の代わりになる天然素材です。またこのコンクリート強化剤は海外でスケートボード場の強化などにも使用されている素材です。
このようにヘンプ素材から生まれるコンクリートやブロックは強度が高く、断熱性や耐火性にも優れています。また防カビや防音にも優れており、快適な住環境を得ることができます。古代インドでも麻を混ぜたレンガで住居を建てていたことがわかっています。
成長がとても早く耕地あたりの収穫量が高いのもヘンプの特徴です。成長過程で空気中のCO2をどんどん吸収し、その量は同じ面積あたりの森林の2~4倍にのぼる(樹木や気候によって異なる)というケンブリッジ自然素材イノベーションセンターの研究も発表されています。
まとめ
エコ建築は新素材を駆使したものだけではありません。もともと古くから使われている素材を現代の技術と上手に組み合わせていくのが主流です。モートン氏をはじめエコ建築に関わる人たちは、日本やアジアでみられる木材や植物を使った昔ながらの住宅やヨーロッパの古い石造りの住宅から多くを学んでいます。
<参考資料>