米国ではサステナブルで栄養価の高いヘンプシードを家畜飼料に取り入れることができるようになっています。本稿では従来の鶏卵よりも味もよく、栄養価も高いという「ヘンプ卵」について紹介します。
栄養価の高いヘンプシード
大麻の規制緩和が進んでいる米国では、嗜好品や医薬品としてだけでなく、様々な分野で大麻が利用されています。また2018年に産業用大麻(ヘンプ)が合法化されて以来、大麻の種子=ヘンプシードを家畜用飼料にも応用しようという動きが盛んです。
ヘンプシードは日本では「麻の実(おのみ)」と呼ばれ、七味唐辛子に使われ、漢方の世界では整腸効果のある「麻子仁(ましにん)」として知られています。実を絞ることでヘンプオイルを抽出することもでき、食用だけでなく潤滑剤や塗料、インク、燃料などに使用されています。また保湿性に優れていることからスキンケア用品の原料としても人気が高まっており、様々な商品が誕生しています。
またヘンプシードは良質のたんぱく質、必須脂肪酸(オメガ3脂肪酸、オメガ6脂肪酸)、食物繊維、ビタミン、ミネラル(鉄・銅・亜鉛・マグネシウム)をバランス良く含んでいるため栄養たっぷりのスーパーフードとしても注目されています。水とブレンドすることで牛乳の代わりとなるヘンプミルク、植物性チーズや豆腐を作ることができるなど、様々な使い方ができるのが特徴です。
ヘンプを飼料にするメリット
このようにマルチに使えるヘンプシードは、栄養価の高さだけでなく収穫までのスピードが早く、化学薬品の使用が少なくてもよく育つことから、従来のコーンや大豆に加えて家畜飼料に使うべきではないかという声が高まっていました。
2012年から行われていた研究では、大麻種子を20%配合した飼料を与えられた鶏は、そうでない鶏よりも卵の重量が重くなり、卵黄に含まれるオメガ3脂肪酸、α-リノレン酸の含有量が増加したと報告されました。そして2017年にはコロラド州知事が「家畜飼料およびペットフードにおける麻製品の実現可能性の研究」を許可する法律にゴーサインを出しました。
そしてトランプ大統領政権下の2018年には、大麻農業を合法化する農業法案が可決されます。これによりヘンプは農作物保険の対象になるほか、研究開発でも政府助成金の申請が可能になり、農業所得が減少している多くの農家に新しい可能性を与えました。
そして2020年、米国の大麻飼料連合(HFC=THE HEMP FEED COALITION)はヘンプシードを家畜飼料として認可を得るため、米国飼料検査官協会(AAFCO)にヘンプシードを使った鶏用飼料のプランを提出しました。
いよいよ商品化された「ヘンプ卵」
このような様々な過程を経て、2022年に入り米国ペンシルバニア州ランカスターのKreiderFarmsから国内初の大麻種子で飼育されたフリーレンジ(放し飼い)卵が発売されました。 これは地元で生産されたトウモロコシとヘンプ種子をミックスした天然飼料を食べて育った放し飼い鶏から取れた「ヘンプ卵」です。
標準的な卵と比較し、強い抗酸化作用を持つ黄色の天然色ルテインが33%多いため卵黄の色が濃く、健康と美容によいオメガ3の量も3倍以上、ビタミンB12が2倍、ビタミンDが4倍と非常に栄養価が高いのが特徴。ビタミンDはカルシウムの吸収を促進し、免疫力や健康をサポートしてくれますが、卵の殻を丈夫にして長持ちさせることにも役立ちます。
卵はもともとビタミンCと食物繊維以外の栄養成分はすべて含む完全栄養食品ですが、ヘンプシードを飼料にすることで、その栄養価はさらにパワーアップするというわけです。
牛の飼料としても研究が進む
スウェーデン農業科学大学では乳牛にヘンプシードを与える実験が行われ、乳生産への影響について観察が行われました。5か月に渡って40頭の乳牛にさまざまな量のヘンプシード飼料を与えた結果、牛乳の栄養価が向上したことが報告されています。
また米国でも産業利用された大麻草の廃棄部分、主に繊維質を牛に与えることができるのではないかという研究も進められています。
産業用ヘンプは繊維原料として茎が使われ、食用油や食品としては種子(ヘンプシード)、そして薬理成分CBD(カンナビジオール)を始めとする医薬品サプリ原料としては花や葉が利用されています。様々な用途に利用することができる無駄のない植物ですが、1つの企業が大麻草を根から穂先まですべて丸ごと使うケースはほとんどなく、ビジネスのためには必要な部位を除いた後にどうしても無駄な部分が出てしまいます。
牛はこのような大麻産業の副産物、主に植物繊維であるセルロースを主食にできる家畜です。大麻草に含まれる薬理成分カンナビノイド類が牛の健康や肉質、乳生産にどのように作用するかを含めて、カンザス州立大学では牛肉生産医学の専門家によって、安全性をテストする研究が進められています。
まとめ
大麻草を含む飼料が様々な家畜にとって安全であることが証明されるまではもう少しかかるかもしれません。しかしサーキュラーエコノミーの観点からも、環境負荷が少ないヘンプの利用が今後も様々な分野で開かれていくのではないでしょうか。
<参考資料>