元NBA選手のアイザイア・トーマス氏が、サステナブル自動車ビジネスに乗り出しています。コロンビアでの麻栽培に注目し、環境に優しい製造業への移行を呼びかけている彼の活動について紹介します。
ヘンプ製自動車のパイオニアだったフォード氏
世界で進むサステナブルな自動車づくり。発明王エジソンのよき友人であり、彼の会社エジソン電気照明会社(Edison Electric Light Co)のチーフエンジニアを努めたこともある自動車王ヘンリー・フォードは、彼の会社で働きながら四輪駆動車の実験を行っていました。自身の会社であるフォード・モーターを創設した1900年代初頭には、エジソンとともに電気で走る自動車、つまり現在のEVに関する共同実験を行っていたと伝えられています。
名車「フォードT」を世に送り出し自動車業界を一変させた彼ですが、電気自動車とともに彼が研究していたのは、植物由来の材料で作られたボディを備えたサステナブルな自動車の開発でした。1941年には大麻や亜麻、麦わらを原料にした強化プラスチックでできた自動車を発表しています。ほかにもヘンプを使ったバイオ燃料の開発を行うなど、当時としては考えられないほど未来を見据えたビジョンの持ち主だったことがうかがえます。
NBAスターによるバイオ産業スタートアップ
それから80年、世界中で様々な自動車会社が大麻ベースのプラスチックを取り入れるようになっています。これは大麻が環境ダメージの少ない産業作物であること、そして気候変動問題の解決策を迫られている世界の大企業が地球へのダメージの大きい石油ベース経済からの脱出を図っているのが理由です。
NBAスターのアイザイア・トーマスは大麻のサステナブリティとビジネスの可能性に着目したセレブリティの1人。CBDオイルやグミなど、サプリ系の大麻ブランドを立ち上げる有名人が多い中、より野心的な自動車業界へと足を踏み入れました。
彼はワンワールド・プロダクツ(One World Products)のCEO件会長に就任し、世界の自動車会社に大麻ベースの自動車部品を提供することに尽力しています。
同社は米ネバダ州ラスベガスにオフィスを構えており、コロンビアのボゴタとポパヤンで事業展開するコロンビア最大の大麻生産者です。
クライアントは大手クライスラー、シトロエン、ダッジ、フィアット、ジープ、プジョーなど。世界4位の自動車グループ「ステランティス」と合意したことで、大麻を使ったバイオプラスチック部品サプライヤーとして、商品開発と提供を行っています。
欧州で進む大麻製自動車パーツの導入
大麻をベースにした自動車部品は欧州の車メーカーで採用が広がっており、メルセデスベンツやBMW、アウディなども大麻とポリプロピレン(PP)の複合素材のドアパネルや大麻製の内装材などを採用しています。 大麻繊維は加工することで鋼鉄のように強くなり、ガラス繊維より軽くなります。 また、使われる大麻は産業用に品種改良されており、麻薬として知られるマリファナのような陶酔作用はありません。
ヘンプ素材は従来の素材に比べまだ割高ですが、気候変動問題の取り組みに積極的な欧州ではこれらの素材を取り入れることはかなり一般化してきています。
これは大麻が従来のプラスチックよりも環境にやさしい選択肢であるだけでなく、大麻を育てる過程で自動車産業の排出するCO2を吸収してくれる効果があるためです。サッカーグラウンドの広さに相当する1エーカーの土地で大麻が栽培されるごとに、9トンのCO2が回収されます。
大麻は成長が早く約3ヶ月で収穫することができるため、年に3回もの栽培が可能になります。このためかなりの量の炭素をオフセット(相殺)することが可能です。化石燃料ベースの素材や燃料を使ってきた企業は大麻ベースの素材に切り替えるだけで、企業の排出削減目標をより早く達成することができるようになり、カーボンニュートラル(※)経営にいち早く近づくことができるといわれています。
※カーボンニュートラル : 温室効果ガスの排出量と吸収量を均衡させること
シャンパン作りのノウハウを生かす
アイザイア・トーマスにとって、ビジネスは今回が初めてではありません。彼は自動車事業に先駆けてシャンパン・ブランドCheurlin Champagneですでに成功を収めています。
シャンパン作りと販売ノウハウは、「農業」というキーワードを通して、彼の大麻自動車パーツ事業にもつながっています。彼はどの栽培地が品質とビジネスの両面からベストか、持続可能な農業と製造業とは何か、ビジネスにどのような人材が必要かを熟知しており、他ブランドとの差別化や地元の文化と環境の保護にも積極的です。
2022年5月にはコロンビアにおいて100万エーカー以上の農地を管理し、地元コミュニティとともに産業用大麻生産に焦点を当てる旨を発表しました。これにより現地の農家と協力して麻を生産し、自動車産業により多くの大麻ベースのパーツを供給することができます。
車だけじゃない、様々なグッズに使えるヘンプ素材
車のほかにも大麻繊維を使った様々な製品が登場しています。大麻素材のアイウェアを製造している米ネブラスカのメーカーHemp 3Dは、大麻繊維で作られた美しい風合いのチェスセットやゴルフ用品、アクセサリーなどの販売も始めました。
また楽器やスケートボード、住宅建材の材料として、産業用ヘンプはありとあらゆる場所で使われるようになっています。
茎から取れる繊維だけでなく、大麻全体に含まれる薬理成分も見逃すことはできません。産業用大麻には痛みの緩和や不眠やストレスの緩和、炎症などを抑制する成分カンナビジオール(CBD)が含まれており、その多くがサプリや医薬品の原料としても使われています。また、サプリ用の成分を抽出した後に残された大麻草を有効に産業利用するシステムの開発も行われています。
まとめ
自動車業界は石油に頼り続けるかぎり、いつか衰退する時がやってきます。オイル&ガスジャーナル誌が発表したところによると、人類に残された原油の量(採掘ができる年数)は、残り58年。ガソリン車を廃止し、EVへの移行が加速しているのにはそんな理由があります。アイザイア・トーマスの事業もこれから業界の新たなメインストリームとなり飛躍していくのかもしれません。
<参考資料>
https://finance.yahoo.com/news/one-world-pharma-announces-name-133000615.html