はじめに
麻と聞くとまず繊維製品を思い浮かべるのではないでしょうか。事実、20世紀初頭の石油系の高分子繊維(ナイロン、ポリエチレン、ポリエチレンテレフタラートなど)が登場するまで、絹糸や綿と並び、麻繊維は広く使用されていました[図1]。
生産量
麻の繊維の品質は、その作物が主に繊維用に栽培されたものか、それとも二重目的のものかによって大きく左右されます[図2]。
兼用作物は繊維と種子を生産し、種子は食品やバイオ燃料などに使用されます。繊維用に特化して栽培された作物は、一般的に両用作物よりも高品質の製品を生産します。工業用ヘンプの収穫時期も、生産される繊維の品質を左右する重要な要素です。この目的のために特別に栽培されたヘンプは、通常、播種後70~90日後に収穫されます。二重目的に栽培されたヘンプは、それより後に収穫され、繊維製品には使用されませんが、その代わりにリグニンが多く含まれているため、パルプ、紙、不織布製品に使用されます。収穫の際には、植物を土の線より2~3cm上で切り取り、数日間乾燥させます。米国農務省の文書によると、「グリーン」(未加工)の工業用大麻の重量の3.5%はドライライン繊維に、1%はドライトウに変換することができます。工業用大麻工場のほぼすべての部分に価値と目的があるので、残りは廃棄物というわけではありません。葉などの非対象物の一部は土壌に戻され、固形のハードはさらに加工して紙、プラスチック、断熱製品に使用することができます。また、大麻の茎のデコレーションから生成された非繊維性の粉塵は、ペレットに圧縮して燃料として使用することができます。
レッティング
レッティングは、水分と微生物を使って、麻の茎をつなぎ合わせている化学結合(ペクチン)を分解することで、木質の芯(ハードまたはシヴ)からバストを簡単に分離できるようにするプロセスです。レッティングにはいくつかの方法があります。
- 露やカビ、バクテリアなどの作用により、麻が自然に分解されるまで放置しておく方法。天候にもより ますが、4~6週間ほどかかります。
- 完全浸漬による水耕栽培
- 酵素直接利用
腐植処理が完了すると、茎は含水率が15%以下になるまで乾燥され、ベールに包まれます。
繊維の分離
「ブレイキング」と呼ばれる工程では、茎をフルーテッドローラーの間に通し、ハードを粉砕して細かく砕き、その過程で繊維の一部を分離します。かつては非常に複雑で手間のかかる工程でしたが、デコルティケーターと呼ばれる機械によって、ハードからバストを分離することができるようになりました。次のビデオは、別の種類の植物(ジュートやケナフ)で使用されている携帯用のデコルティケーターを実演しています。デコルティケーターを使用すると、破砕中に葉を茎の上に残しておくことができますが、破砕が完了した後の選別作業がより煩雑になります。さらに、繊維の束を叩いてこすり、短い繊維と長い繊維から残ったハード材を分離する「スカッチング」と呼ばれる工程もあります。
ファイバータイプ
分離プロセスで生成される短い繊維はトウと呼ばれ、長い繊維はラインファイバーと呼ばれています。ラインファイバーは信じられないほど長く、植物の高さにもよりますが、一本の繊維の長さは5メートルにもなります。分離されたラインファイバーは洗浄され、サイズに合わせてカード化され、カットされてベールに包まれます。トウファイバーは圧縮され、ベールに包まれます。ヘンプトウは詰め物や粗い糸の紡績に使用され、ラインファイバーは衣料用生地や家具、床材などの高級用途に使用されています。ラインファイバーから作られた生地は、リネンに似た風合いを持つことができます。
繊維としての麻植物の実力
力学的な特徴としては、他の麻植物であるリネン、ラミーと比べて、伸度、強度ともに高く、そのために、靭性が高いのが特徴です。つまり、引っ張るとよく伸び、それでもってちぎれないという特徴を持っています。繊維の構造的な特徴から、吸湿、消臭の性能は非常に高いです。これは自然の繊維でよく見られる構造で、これに倣い、合成繊維も中空糸にするほどです。中空糸とは真ん中に空気の穴が開いている構造で、伸びやすかったり、しなやかさを手に入れることができます。
麻植物は繊維収量が他の繊維植物を比較して高いことが知られています。染色性については、他の植物繊維と同様によいです。これは植物繊維に水酸基と呼ばれる化学構造をたくさん持っており、染色化合物とブロックのようにくっつきやすいことが挙げられます。
今求められるサステイナブルファッション
供給量は20億点(1990年)でしたが、40億点(2010年)に増加しています(およそ200%増)。供給量はここ20年近く35―40億点に推移しています(2000―2017)[1][図3]。
一方で市場規模は1990年から下降傾向にあります。この供給量の増加に対して、市場が縮小している原因は低価格なファストファッションの流行によるものと考えられています。そして、京都工芸繊維大学繊維科学センターの名誉教授木村照夫博士の論文中ではこれらの繊維の消費とリサイクルの重要性について要約されています[2]。2004年ベースのデータによると、年間繊維総消費量が約206万トン(衣料品144万トン)で、194万トン近くが廃棄されるとされています。新しいものを買って、古いものを捨てると考えると、この消費と廃棄の量の関係は理解できると思います。しかし、この194万トンのうち126万トンが家庭から排出される衣料品が占めており、リユース、リサイクルをのぞいてゴミとしてその後廃棄されるのが、98万トンとされています。このような背景から、サステイナブルな素材の利用が求められています。
なぜ植物繊維が注目される?実は、プラスチックより繊維が問題?
最近、プラスチックの問題を取り上げるときによく目にすることが多くなった、海洋生物がプラスチックをくわえている写真がありますね[図4]。
あまりに衝撃的な様子で、プラスチックに対しての規制および、紙ストローの導入など、ますます関心の高まっている問題ではあります。しかし、あの写真で目にするプラスチックと同様に問題視されているのが、海底に溜まっている繊維素材なのです。実は、マイクロプラスチック全体の60%が洗濯によって流れ出た糸くずが原因だと言われています[3]。この糸くずは排水処理場を通過して、淡水(河川)へ流れ、最終的には海に流れるわけです。繊維材料は、洗濯の段階からマイクロプラスチックと呼ばれる繊維を目で見えないくらいの細切れ状態で海に流れるわけですから、海洋汚染につながっています。海洋に浮かぶプラスチックが問題ではないというのだけでも驚きなのに、海洋を汚しているのはごく一部、大部分は生活からでる繊維ということに驚かされます。身の回りにあるプラスチックは海洋中で分解されにくい、また、比重が軽いことから海に浮かんでしまいます。事実、海洋に浮かぶプラスチックを問題視している多くの論文の海水の回収は、船からサンプルチューブで取得し、網ですくっているのですから、糸くずが採取されにくいのは当然です。もちろん、日本でいう海洋研究開発機構(JAMSTEC)のように十分な検査装置を有する機関では、深海までサンプリングしていて、信用できるものも中にはあります。合成繊維ではこの分解にプラスチック同様に時間がかかります(プラスチックに比べれば、加水分解しやすいが、それでも長い)。しかし、麻のような植物繊維だと微生物が分解できますし、海洋生物の体内に入っても無害です。こういった環境問題に対してもまた、麻繊維が注目されているわけです。堆積する繊維素材も自然由来であれば、海洋汚染も防げるわけです。
栽培もエコな麻植物
麻植物は害虫に強く、栽培において、農薬や化学肥料を使用する必要がない点が挙げられます。また、100-120日で3-4mまで生長し、採取することが可能です。これは雑草よりも生長が早く、雑草の必要とする栄養素を先に横取りすることで、雑草が生えないというのも麻植物の特徴です。そのため除草剤を使う必要もありません。
紡糸の困難さ
日本の繊維産業の自給率は現在0.1%と言われています。中国では、90年代からいち早く麻植物の潜在的能力に気づき、研究されてきました。麻植物は、太い、短い、ばらつきが多い繊維なので、紡糸が難しく、スラブなどが生じやすい材料です。
まとめ
麻植物は低コスト・低エネルギーで栽培可能です。繊維としての性質も良好なため、今後ますます注目される繊維材料です。近年、マイクロプラスチックの問題で注目すべきは、排水から流れる合成繊維のごみです。サステイナブルな社会の実現のために、今後麻植物に由来する繊維利用の拡大を願います。
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参考文献