米国で進行中の大麻合法化が意外なところで効果を生んでいることがわかりました。今回はこの現象についてご紹介します。
大麻合法化のもたらしたメリット
米国で成人向けの大麻使用の合法化が進んでいます。2023年8月時点では嗜好用大麻は23州、そして医療用大麻は約倍の州において合法化されています。
米国で医療用大麻が初めて合法化されたのはカリフォルニア州で1996年、そして嗜好用大麻が初めて合法化されたのは2012年でした(ワシントン州とコロラド州)。
健康面や若者への影響など、賛成・反対ともに様々な議論がある中、大麻の全面解禁から10年以上が経過しましたが、最近の研究で思わぬ変化が起きていることがわかりました。
『ヘルス・エコノミクス』に発表された研究によれば、合法大麻使用が認められた州では、その後メンタルヘルス治療の入院件数が減少しているというのです。
メンタル疾患患者が減少?
この研究は、成人向け大麻使用を合法化した10州のデータを元に行われました。分析では娯楽用大麻が合法化されたのち数年で、州内におけるメンタルヘルス治療入院が減少する傾向が見られたといいます。人種や性別、年齢などによりバラつきはあったものの、初年から4年目までの期間で入院件数が約37%減少し、10,000人当たりの入院者数は約92人減少したといいます。
研究を率いたインディアナ大学オニール公衆衛生大学院のオルテガ教授は、娯楽用大麻法の人気が高まっている一方で、この結果についての考察には慎重な姿勢をとり「大麻とメンタルヘルスにはなんらかの関係があるものの、メンタル治療に与える影響はまだ不明」とコメントしています。
大麻合法化とメンタルヘルスの関係は果たしてどのようなものなのでしょうか?
治療とリスクのバランス
メンタルヘルスと大麻の関係を知る前に、まず大麻草の持つ性質について知りましょう。
大麻草に含まれる生理活性成分THC(テトラヒドロカンナビノール)やCBD(カンナビジオール)といった成分は、神経系に影響を及ぼし人々の認知機能やメンタル機能に影響をおよぼします。
これらの成分には、うつ病やPTSD(心的外傷後ストレス障害)の症状を軽減する可能性があると言われる一方、既に精神疾患がある人が大麻を使用すると、症状が悪化することもあるとされています。大麻がメンタルの与える影響についての研究はまだ不十分なところも多く、若者への影響については特に慎重なアプローチが求められています。
さらに遺伝的な傾向がある人々に、大麻が悪影響を及ぼす場合があることや、まだ成長途中の若い人たちが大麻の影響で精神疾患のリスクが高まる可能性も指摘されています。
大麻には100種類以上の生理活性成分カンナビノイドが含まれ、それぞれが独自の効果を持っていますが、中でも最も研究が進んでいるのがTHCとCBD、上記の2つのカンナビノイドです。
<THCの主な作用>
高揚感や多幸感をもたらす
リラックスや鎮静作用
鎮痛作用
視覚や聴覚などの知覚を変化させる
食欲増進作用
注意力や集中力、記憶力などの認知機能を変化させる
<CBD主な作用>
鎮痛作用
炎症緩和作用
不安状態を緩和する作用
抗てんかん効果
リラックスや安眠作用
抗酸化作用
ディスペンサリーで賢く選ぶのが常識
カンナビノイドの効果は、使用方法や組み合わせによってプラスにもマイナスにも作用することがあり、正しい使用方法で取り入れることが重要です。特にTHCは優れた鎮静効果や鎮痛効果を持つ一方で、アルコールのように気分に大きな影響を与え、車の運転など注意力や集中力を必要とする活動に悪影響を及ぼすことがあります。
CBDには大きな副作用は確認されていませんが、最適な効果を得るためには、THCと同様に自分に合った濃度と使用量を見つけることが重要です。
大麻が合法化されている州では、さまざまな種類とブレンドの製品が利用可能です。そのため自分がなぜ利用するのか、目的をはっきりする必要があります。これらの州にはディスペンサリーと呼ばれる大麻専門の薬局があり、購入時に専門家がアドバイスを行ったり、医師からの処方箋をもとに適切な大麻製品を選択してくれます。
大麻成分とメンタルヘルス
米国ミシガン州ウェイン州立大学の研究によると、低用量のTHC(テトラヒドロカンナビノール)を、特に認知的再評価療法と組み合わせた場合、感情障害に悩むPTSD(心的外傷後ストレス障害)患者の症状改善に役立つことがわかりました。
研究ではTHCが患者のネガティブな感情を抑制することができ、プラシーボ(偽薬)を使った場合ではそれが起こらなかったといいます。またTHCを使用した時だけ、被験者の脳の特定領域が活性化することもわかりました。このためTHCは、PTSD患者が引き金となるイメージや記憶を前向きに捉え直すのを助けることで、ネガティブな感情を抑えるだけでなく長期的には治療を成功に導くのではないかと期待されています。
過去の研究でも、THCがPTSDの症状を軽減し、ストレス状況下で起こりやすい不安を軽減し、コルチゾールなどのストレス・ホルモン値を軽減する可能性があることがわかっています。
CBDはうつ病や不安症状の緩和、緊張の緩和に効果があり、痛みの管理だけでなく、日常のメンタル安定のためにCBDサプリメントを利用している人が多くいます。CBDは精神的な高揚感をもたらす作用がないため、日常生活に支障を与える心配がなく安心して使うことができます。日本を含む多くの国で合法化が進み入手しやすくなっていることも、人気の一因です。
海外ではすでに、うつ病や不安障害などで精神科治療を受ける人の中にも、医師の判断によって抗不安薬をCBDに切り替えたり、両者を併用するケースも増えています。例えば朝・昼・夜に抗不安薬を使っている場合、摂取量を減らしCBDオイルなどの摂取をプラスし、副作用の強い抗不安薬の量を徐々に減らしていくといった方法も取られています。
もちろん自己判断で行わず、医師や専門家と相談しながら治療の方向を決めていくことがベストな治療方法です。
まとめ
大麻の使用には潜在的なメリットとデメリットの両方が存在します。大麻の自由化がメンタルヘルス治療の減少につながったという結果が示すように、大麻が私たちの生活にもたらす影響は多岐にわたります。米国だけでなく、欧州ドイツでも2023年8月、18歳以上の成人を対象に大麻の合法化法案が決定され、いよいよ欧州にも解禁の波がやってきました。
また英国の名門大学キングスカレッジ・ロンドンでは、大麻とメンタルヘルスの関係を探る史上最大規模の研究が進行しています。未知の領域も多い分野ですが、その一方で今回の調査結果などを踏まえ大きな期待が寄せられてもいるようです。
<参考資料>
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0028390822002817#!