すぐれた薬効や不思議な精神作用を持つ植物として神聖視される一方、麻薬として汚名を着せられてきた歴史もある大麻。本稿では紀元前からの大麻文化を持つインドで誕生した初のヘンプハウスについてご紹介します。
生活に密着しているインドの大麻文化
中国と並んで長い歴史を持つインドでは、繊維利用だけでなく、宗教儀式や薬草、嗜好品として古くから大麻が消費されてきました。
喫煙用の大麻がチャラス、ガンジャといった名前で呼ばれることがありますが、これらは全てインドの呼び方からきています。インドの名物の一つでもあるバングーラッシーも、ヨーグルトのような乳製品に細かくした大麻(バングー)をブレンドしたもので、嗜好品として古くから現地で楽しまれているのです。
また近年ではトラディショナルな利用法だけでなく、大麻が持つ高い医療効果や環境に与えるダメージの低さ、商業価値などが見直され、大麻研究や新製品開発を行うスタートアップも数々登場しています。
古代インド人もヘンプで家を建てていた
インドの建築家カップルであるガウラヴ・ディキシットとナムラタ・カンドワルは、大麻の新しい可能性にいち早く着目し、大麻素材のモデルハウスを作り上げた企業家です。
2人は2016年、デリーで建築家として働いていた時期に、従来のコンクリート代わることができる大麻由来建材の可能性に気づき、環境にやさしい代替コンクリートの研究を進める中「ヘンプクリート」に出会いました。
大麻繊維、木、石灰をブレンドして作られる「ヘンプクリート (ヘンプ+コンクリート)」は建築材料や断熱材として用いられます。また天然の断熱性や防音性、防カビ性、耐火性などを備えているのもメリットです。全くの新素材と思いきや、夫妻が調査してみると古代インドのエローラ石窟群ですでに大麻繊維が建材に使われていることが分かりました。その後、夫妻は大麻栽培が合法化されているウッタラーカンド州に移り、自分たちの会社GoHempを設立します。
ヘンプクリートの原材料となるヘンプ(=大麻草)は成長が早く、安定した供給が期待できるだけでなく、栽培過程で大気中の二酸化炭素を吸収し酸素を生産するなど持続的可能性が高く、気候変動問題にもプラスに働く建材として注目されています。天然素材のためシックハウス症候群(※)などの健康リスクがないのも大きなメリットです。
(※)シックハウス症候群=建材等から発生する化学物質などによる室内空気汚染等と、それによる健康被害のこと。原因は塗料や接着剤に使用されるホルムアルデヒドやトルエンなどの化学物質だけではなく、ダニや真菌などの生物、湿度、心理的なものなど複雑な要素が関係しています。
環境に優しく、費用効果が高い
ヘンプクリートのマイホームを作りあげた夫妻は、使い心地やデザインなどを検証していきましたが、建材だけでなく大麻種子からとれる油分=ヘンプシードオイルで木製家具を磨くことで美しい艶が出るという新たなメリットも見つけたといいます。
屋根にも麻素材を利用し、太陽光パネルから電力エネルギーを供給するエコハウスとしても機能します。建設費用も従来の住宅と同じまたは、長期的には安くつくと試算されています。
設計当時はヘンプクリート に懐疑的だった地元の石工や建築業者も、実際の作業を見てもらうことで徐々に信頼と関心を寄せるようになりました。紆余曲折を経て完成したヘンプハウスはウッタラーカンド州の元首相トリベンドラシンラワットによって未来建築のモデルハウスとして紹介され、メディアにも大きく紹介されることになりました。
Go Hempでは建設資材だけでなく、家具素材となるヘンプボードなど様々な麻ベース製品を生産しています。 またヘンプ素材を使ったエコ建築を学びたい業者のためのワークショップやトレーニングも提供しています。
成長するインドの大麻関連企業
現在では、彼らの他にもインド発の大麻スタートアップが続々と登場し、嗜好用大麻が合法化されているカナダや大麻合法化の進む欧米エリアをターゲットに、インド発祥の伝統医療アーユルヴェーダと現代の大麻ウェルネスを合体ささせたヘンプ製品メーカーが登場し、ヘンプ製プラスチックや医療合間の分野で世界進出が進んでいます。
優秀な人材を輩出し、急速な経済成長をとげつつあるインドは未来の経済大国になるといわれていますが、その威力は大麻産業にも認めることができるのです。
ヘンプは様々に利用できる
2024年に夏季五輪を控えたフランスでも「エコ都市パリ」を実現するためヘンプ素材の新築住宅の建築が進んでいます。またヘンプを使った公共施設としてはフランス初となるPierre Chevetスポーツセンターが登場しています。
原料の麻は栽培自体が簡単で、数ヶ月で収穫可能となるため安定した供給が可能になります。また農薬をあまり必要しないので土壌を汚染する危険性もありません。森林の数倍もCO2を吸収する力があり、生産過程で気候変動問題にプラスに働いてくれるなど、エネルギー問題解決の可能性を大きく秘めています。
ヘンプハウスの普及で、持続可能性の高いコミュニティは実現できるのか。私たちはインドやパリでもうすぐその成果を目にすることができるのかもしれません。
<参考資料>
http://www.gohemp.in/index.html
Pierre Chevetスポーツセンター
https://www.theplan.it/eng/whats_on/pierre-chevet-sports-hall-in-croissy-beaubourg-a-place-promoting-physical-well-being