広大なミシシッピー川沿いに位置する自然豊かな都市、米国ミネソタ州のウィノナ 。
本稿ではこの土地に築かれた麻農園コミュニティの活動と、そこで生産されるヘンプ製コンクリートについて紹介します。
先住民文化にインスパイアされた農業コミュニティ
19世期に蒸気船の船長オリン・スミス氏によって築かれ、製材産業を中心に発展したミネソタ州ウィノナは、歴史的な街並みと自然が共存する美しい土地。
このエリアに2017年に誕生した「ウィノナ ・ヘンプ・アンド・ヘリテージファーム」は、北米で最も人口の多い先住民族の1つアニシナアベ族の文化にインスパイアされた農業コミュニティです。ここではアメリカ先住民族の食文化の継承や農業トレーニングを行い、若者と協力して次世代のアニシナアベ族農家を生み出すことにより、コミュニティの経済を活性化するプロジェクトが進行中です。
栽培されているのは、とうもろこしやジャガイモ、タバコなど。そして話題の作物、産業用ヘンプの栽培も行われています。
アメリカ建国の歴史
1492年、コロンブスによって発見されたアメリカ大陸。その後イギリス国内での宗教弾圧から逃れたキリスト教徒がメイフラワー号に乗りこの地にやってきたのが1620年。彼らはまず東海岸に植民地を作ったのち、先住民を追いやりながら西へと領土を拡大して行きました。
ヨーロッパ人にとっては新天地だったのですが、そこに代々暮らしてきた人びとにとっては侵略の時代のはじまりです。数々の戦いと虐殺が繰り広げられ、新興アメリカ政府はネイティブ・アメリカン居留地を設けて、ネイティブ・アメリカンを強制移住させるという政策をとりました。
このような迫害の歴史から、アメリカの先住民コミュニティは経済的・社会的地位が低くなり独自の文化が失われているという地域も多いといわれます。
ネイティブ文化を復興させる取り組み
ヘリテージファームではネイティブ・アメリカンと呼ばれるアメリカ先住民族が数千年もの昔から栽培し食べ続けてきた貴重な穀物ワイルドライス、そして繊維や食品、医薬品として重宝されてきたヘンプの生産に力を入れています。
これは2026年までに360億ドル市場に成長すると予測されている世界の産業用ヘンプ市場に注目しているため。ヘンプ事業で経済復興をはかることで長年にわたり虐げられてきたネイティブ・アメリカンのコミュニティ活性化につなげたいと考えているのです。
そしてワイルドライスは彼らの文化に根付いた作物であるだけでなく、健康志向の人々の間で栄養価が高くヘルシーな「スーパーフード」として人気があります。また気候変動問題を意識する人が増える中、環境への負荷が少ない植物性ミルクが世界的人気となっており、オート麦と共にヘンプの種子で作ったヘンプミルクも人気です。乳製品やナッツアレルギーの人も安心して飲むことができます。
ヘンプと産業用ヘンプの違い
ヘンプといえば日本語で大麻のこと。麻薬ではないのか、危険ではないのかと不安を持つ人も多いのですが、現在栽培が盛んなのは精神を高揚させる作用を持つTHC(テトラヒドロカンナビノール)がほぼ含まれていない品種が主流です。
アメリカでは州によって医療用・嗜好用ともに大麻が合法化されている州もあり、そういった土地ではTHCを多く含む品種の大麻栽培も行われているのですが、産業価値がより高いのは多くの州で合法的に流通され、使用用途の広い産業用ヘンプの方です。
ウィノナ ・ヘリテージファームのチームは、近隣への理解を深めて、他の先住民コミュニティにも知識を広めるためヘンプ農業ワークショップも開催しています。
ワークショップには地元住人を初めレッドレイク、ホワイトアース、シスストン、ネットレイクなどの先住部族コミュニティの代表が視察に訪れています。ミネソタ大学の協力を経てスタートした麻のコンクリート「ヘンプクリート 」事業にも大きく注目が集まりました。
サステナブル建材の重要性
強度の高いヘンプ繊維をベースにした新しいコンクリート「ヘンプクリート」もこれからの建築産業になくてはならない素材です。
建築業界ではフレーミング材、木製のOSB合板、その他の建築資材のコストが急増し、それにともなって住宅建設費用も数万ドル単位で上昇しているといいます。
ヘンプ繊維を粉砕したものと石灰と混ぜて作るヘンプクリートは、高い防音性と耐火性、防カビ性を備えた優れた建材で、従来の合板やコンクリート資材をヘンプ製品に置き換えることで住宅コストを下げ、建材などから発生する化学物質による室内空気汚染やそれによる健康影響(=シックハウス症候群)を減らすことができます。
またヘンプクリートのメリットとしてもう一つ注目されているのが、温室効果ガス削減効果です。
建設業界における脱CO2推進の国際イニシアチブ「Global ABC」の2020年次報告書によると、2019年の世界全体の二酸化炭素排出量のうち不動産の占める割合は38%と報告されています。
同団体は2050年カーボンニュートラルを目指すためBCTという指標でモニタリングを行っていますが、年々上昇していくべき数値が2016年からは下降傾向にあり、ネットゼロ実現から遠のいているというのです。
ヘンプクリートの利用は、住宅の断熱性を上げ空調の消費エネルギーを減らし、環境ガス排出量を長期にわたって抑えることができる「グリーンビルディング=環境に優しい建物」建設に役立ちます。
またヘンプは成長過程で大気中からCO2を取り込んでくれます。農薬をほとんど必要としないため化学薬品だらけの農地の土壌汚染が改善されるという大きな利点もあるのです。
コミュニティのヒーロー
ヘンプ事業を中心とするこのコミュニティ復興運動の立役者は、先住民女性ネットワークの設立を支援してきた経済学者で作家のウィノナ・ラデュークと「ヘンプラー(ヘンプの達人)」というニックネームを持つアレックス・ホワイト・プルーム氏。
若い時から社会政治的な問題に取り組んできた2人は各地の先住民コミュニティを訪れ、彼らに生活の向上をもたらすために何十年も活動してきました。ウィノナ・ ヘリテージファームだけでなく、各地で非先住民が購入した土地を買い戻し、先住民コミュニティに仕事を提供するライフワークに取り組んでいるのです。
ヘンプ事業もその一環です。今後はより良い品種を開発して栽培し、高品質の麻繊維を提供することに取り組んでいるといいます。
参考資料
ウィノナ ・ヘンプ・アンド・ヘリテージファーム
https://www.winonashemp.com/home
https://www.pinejournal.com/opinion/columns/7053153-LaDuke-Hemp-and-the-New-Green-Revolution
Global ABC2020年次報告書
https://sustainablejapan.jp/2021/01/03/global-abc-2020-report/57554