健康やリラックスに有効とされる麻の成分ですが、麻という作物の性質自体が地球環境改善にも役立つことが注目され、現在産業界での利用が進んでいます。
サステナブルな作物ヘンプシード
古代から人類に親しまれてきた麻。繊維としての利用のほかに、近年では麻に含まれる油分や健康効果のある天然成分などを抽出し、美容や健康・スポーツなどのウェルネス系商品への利用することが世界的なトレンドになっています。
成長が早く年に数回収穫が可能なうえ、肥料や農薬もほとんど必要ないヘンプ。自然にオーガニックで育つ性質を持った植物として、サステナビリティ(持続可能性)意識の高まる産業界で注目を集めているのです。
20世紀には規制薬物として厳しい栽培基準のあった歴史を持つ麻ですが、ヘンプの特性や健康効果が知られるようになり生産・研究用の栽培に関する規制緩和・撤廃の流れが現在進行中です。国や地域によっては合法化し商品化するところも増えてきました。これに伴いヘンプ生産農家も増えています。
産業用ヘンプとマリファナの違い
麻には様々な種類があります。「麻」として日本でよく知られているのは衣類やベッドリネン素材として知られるリネンとラミーです。またサンダルや麻袋、カーペットの裏地などに使われる丈夫なジュートやサイザル麻、紙の原料として使われるケナフなどがあります。
現在注目を集めている産業用ヘンプ(産業用大麻)もこの仲間。日本では規制があるためあまり流通していませんが、かつては繊維素材としても利用され、近年では研究が進み各国で医療や食用、工業利用まで多目的利用できるようになりました。法整備が進むことで、麻産業から税収をあげられるという利点もあります。
環境に優しくエコであるという麻の利点が知られるようになった一方で、大麻=マリファナ=麻薬のイメージもいまだつきまといます。しかし産業用のヘンプと嗜好目的で栽培される大麻は異なります。
両者の違いは向精神作用があり薬物として乱用される危険性のあるTHC(テトラヒドロカンナビノール)の含有量。ドラッグとして栽培される大麻品種はTHCが10%~20%程度含まれていますが、産業大麻はTHCをほとんど含んでいません。国によってその定義は異なりますが、産業用ヘンプは、THC含有量が1%未満、0.2%以下など、一定の基準を満たしたものが産業用ヘンプ(=industrial hemp)として認識され、国内で農作物として栽培・流通させることが可能になります。
しかしTHC=毒物・危険・悪であると言い切れるものではなく、結局は使い方次第。適切な摂取によっては医療効果を得られることもあり、難病である多発性硬化症(multiple sclerosis:MS)の症状を和らげる医薬品ナビキシモルス(商標名サティベックス:Sativex)のように、医療界で有効活用されている例もあることは留意しておきたい点です。
ヘンプで持続可能性に取り組む
大麻の合法化が進む米国やカナダではヘンプ産業が特に盛んです。薬理成分のある成分THC(テトラヒドロカンナビノール)やCBD(カンナビジオール)は医療やウェルネス業界で注目を浴びているトレンド成分。嗜好用マリファナ愛好者よりも広い層が注目しています。
しかし自分の健康だけでなく、地球環境の改善にも麻は役立ちます。産業用ヘンプの種を生産する米サンタフェ・ファーム社では、テクノロジーと麻の利用を組み合わせ、CO2排出を減らす取り組み=カーボンネガティブ・ソリューションに取り組んでいます。産業用大麻を栽培し、持続可能な生態系の理想型を定めることで、地球温暖化対策の開発を支援し、カーボンネガティブ経済への動きを加速させるというのが同社のビジョンです。
ここでいう「カーボンネガティブ」とは、人間の経済活動の中で排出される温室効果ガス(主に二酸化炭素)の量よりも、吸収する温室効果ガスの量の方が多い状態のこと。具体的には企業が森林保護や植林などの活動を行い、事業で排出される温室効果ガスを相殺したり、事業で使う電力などを天然エネルギーにすることで持続可能性を目指すといった例が挙げられます。
理想的には、プラス・マイナスゼロの「カーボンニュートラル」から吸収する温室効果ガスの量の方が多い「カーボンネガティブ」の状態で事業を回していくことが気候変動のバランスをとるために必要だとされています。例えばマイクロソフト社では2020年、自社のカーボンフットプリントを削減し、2030 年までにカーボンネガティブ、 2050 年までにCO2 による環境への影響を完全に排除すると発表しています。
麻はプラントベース食や飼料としても優秀
ヘンプシードは医薬品や繊維、オイルを生産する他にも、種=ヘンプシードを雑穀としてそのまま食べたり、加工して植物性のミルクやバターを作ることもできます。ヘルス志向や、カーボンフットプリント(※)の削減を目指し、欧米では動物性製品を使用しないヴィーガン実践者が増え、牛乳に変わる植物性ミルクの消費も増えつつある現在。ポピュラーな豆乳やナッツミルクに加え、最近ではアレルギーの心配が少ないオーツ麦やヘンプシードを使った植物性ミルク製品も増えてきました。
米国ではこのヘンプシードを養鶏飼料として利用できるように申請が始まりました。米国飼料管理協会(AAFCO)と米国食品医薬品協会(FDA-CVM)で審査が進行中です。
家畜飼料には大豆ミールが使われることが多いのですが、栄養価が高いうえ収穫サイクルが早く、農薬も少なくて済むヘンプシードに切り替えたり一部代用することで、生産性を下げる事なく環境ガス減少を目指すのが目的です。排出量取引など二酸化炭素(CO2)の排出量に応じて課金する制度の導入は世界中で増えていますから、事業存続のためにもCO2削減は企業にとって重要な課題になります。
カーボンフットプリント(※)についての補足:カーボンフットプリントは、商品やサービスの原材料の調達から生産、流通を経て最後に廃棄・リサイクルに至るまでの全工程を通して排出される温室効果ガスの排出量をCO2に換算したものです。また、牛肉や乳製品はカーボンフットプリント削減のために避けた方が良い食品のトップとされています。
ペットにも有効
前述したように医療やウェルネス業界で人気のヘンプ成分CBDですが、ペットにも健康効果があることがわかり、ペット専用グッズも続々誕生しています。
CBDは体内のバランス調整機能を司るエンドカンナビノイドシステム(ECS)に働きかけ効果を発揮します。このため同じ機能を持つ動物にもCBDを使用することができます。
人間においてはCBDは「炎症や炎症による痛みの緩和」や「不安・不眠の改善」「リラックス効果」「てんかん症状の緩和」などの効果が確認されていますが、ペットの場合は関節炎の痛み緩和、事故・怪我によるトラウマ症状の緩和、引越しや長距離移動による不安症状の緩和、免疫系のサポートなどの目的に使用する飼い主が多いようです。またペットケア用CBDはオイルとして販売されているのが一般的ですが、ペット用おやつやクリームに配合した商品も登場しています。
※ペットに与えるCBD適正量は動物やペットの種類・大きさ・体重よって異なります。使用前に獣医と相談し、適切な量と頻度を確認することが重要です。
まとめ
このように産業用ヘンプ業界は先進国を中心に急スピードで発展を遂げています。2021年にはタイでも本格的に産業利用がスタートしたように、今後さまざまな国で法整備が進むことで、新たなマーケットが生まれ「健康と地球環境改善にはヘンプ」という時代も到来するのかもしれません。
<参考資料>
https://www.sxsw.com/news/2021/hemp-is-creating-an-ecorevolution/
https://www.allaboutfeed.net/all-about/new-proteins/us-first-application-for-hemp-as-feed-for-poultry/
https://indianexpress.com/article/lifestyle/life-style/here-is-why-hemp-seed-oil-good-for-your-pets-check-it-out-here-7201452/