サプリメントとして使われたり健康効果が高いとされる大麻成分の一つCBD(カンナビジオール)。しかし最近発表されたレビュー論文では、悪役扱いされがちな大麻成分THC(テトラヒドロカンナビノール)の持つ高い鎮痛効果に注目が集まっています。
研究が進む大麻成分
最新の研究により様々な医療効果があることがわかってきた大麻草(学名:カンナビス・サティバ・エル)。中でも大麻に含まれる生理活性の1つCBD(カンナビジオール)は健康効果が高うえ人体への副作用がほとんどないことから利用者が増えています。WHO(世界保健機関)も、CBDには依存性や乱用の可能性、大きな副作用は見出されなかったと報告しています。化学合成されていない、植物から抽出された天然成分であることも人気の理由の一つのようです。
大麻合法化の進む米国では、精神を高揚させる作用のある成分THCをほぼ含まない(含有量0.3%以下)CBD製品においては50州すべてで合法となっています。またコロラドやニューヨーク、カリフォルニア州など州によっては精神作用を引き起こすTHCを含む大麻の娯楽使用も認められているほどです。
2022年のデータではアメリカの成人33%がCBDを1回以上使用したことがあるとされ、30歳以下の年齢層ではその数値は40%に上っているといいます。(SingleCare※調べ)
CBDの使用目的として最も多いのは痛みや炎症の緩和、そして不安や不眠症の解消です。CBD配合のオイルやクリーム、グミなどの菓子類にブレンドした食用タイプなどで取り入れる人が多く、最近では肌から少しずつ吸収させ効果が持続する経皮パッチの利用者も増えています。もっと気軽にシャンプーや歯磨き粉、スキンケア用品などに配合されたものから試してみる人も多いようです。
THCにも医療効果はある?
一方、マリファナの主成分としても知られるTHC(テトラヒドロカンナビノール)にも様々な薬効が見つかっています。米国ではがんに伴う症状や、化学治療の際に起こる悪心や嘔吐の治療薬として処方されているることからもわかるように、THCは鎮痛や沈静、吐き気の抑制、食欲増進などの作用をもたらします。
またハーバード大学の研究ではTHCががんの辛い症状を抑えるだけでなく、肺がん細胞そのものを阻止する作用があると発表しています。ほかにも、THCがマウスの神経損傷を減少させることが発見されており、ドイツの臨床研究ではTHCの経口投与で線維筋痛症の痛みを大きく緩和できたことが報告されています。
THCは多幸感や陶酔した気分など向精神作用、いわゆる「ハイ状態」を引き起こすため、麻薬として扱われることが多い成分ですが、使い方によっては素晴らしい医療効果を秘めているようです。
THCのすぐれた鎮痛効果
米オレゴン州健康科学大学では、慢性痛と大麻成分の効果に関する研究が行われました。これはレビュー論文と呼ばれるもので、過去の様々な研究の結果をまとめていることから、信頼度が高い科学論文となっています。
レビュー論文ではTHCとCBDの両方に鎮痛効果があり、中でもTHCの比率が高い製品はより効果的に痛みの軽減をもたらすほか、吐き気、めまい、眠気といった副作用を緩和する作用があると結論づけています。
この慢性痛とは、怪我などの一時的な痛みではなく、痛みが継続している状態や原因不明の長引く痛みなどが含まれます。ひじやひざなどの関節痛などが慢性痛のおもな例です。
米国疾病予防管理センターによると、米国の成人の20%以上が何らかの慢性的な痛みを抱えているとされ、今回の研究は合法化の進む大麻成分が痛み止めとして処方されるオピオイド製剤の安全な代替薬になりうる可能性を示しました。
オピオイド製剤の抱える闇
オピオイドはアルカロイドやモルヒネ様活性を有する化合物を指します。強い鎮痛作用を持ち怪我などから起こる慢性痛や手術後の痛み、末期ガンからくる痛みへの薬として使用されます)。ただし、痛みを緩和するだけでなく脳を刺激することで一時的に幸福感を感じるため、依存症になりやすいというデメリットが指摘されています。
ほかにもオピオイドは吐き気を催したり、呼吸を抑制、意識レベルを低下させるなどの多くの副作用が認められており、過剰に摂取すると死に至るケースもあります。海外ではオピオイド依存症で死亡する人は多く、2021年米疾病対策センター(CDC)は米国内における過剰摂取による死者数が同年4月までの1年間で過去最多の10万人超となり、その大半がオピオイドが原因だったという推計を発表しています。
大麻はオピオイド代替薬になるのか
THCは陶酔感や短期的な記憶力の低下、不安症状を引き起こすことがあり、オピオイドと同じく麻薬扱いされることもあります。しかし肉体的な副作用は比較的少ないため、中毒になったり致死に至ることの少ない代替薬になる可能性があります。
カナダの西オンタリオ大学が2019年に実施したラットを対象にした研究では、大麻に含まれるCBDがTHCが引き起こす副作用を阻止することも分かりました。
THCを与えられたラットは、より多くの不安行動を示し、恐怖に基づく学習に対してより敏感になります。一方のCBDとTHCの両方を与えられたラットは、不安行動が少なく恐怖に基づく学習に対する感受性も低かったといいます。研究チームは、CBDが脳の海馬を過剰刺激するTHCのネガティブ効果をブロックし、それによって副作用を防ぐことができると結論づけています。
この実験はラットが対象ですが、同じ植物に含まれるこの2つの成分を組み合わせることで、副作用を最小限に抑えた効果的な鎮痛剤を提供できる可能性があります。すでに米国などでは多くの人が大麻を痛み止めに使用していることからも、それほど不思議なことではないでしょう。
大麻草にはCBDやTHCのほかにも100種類を超える生理活性物質カンナビノイドが含まれ、植物精油に含まれる成分テルペンなど様々な成分が含まれており、それらが組み合わさることで相乗効果(アントラージュ効果)が生まれるとされています。副作用の緩和もこのアントラージュ効果の1つと考えることもできます。
CBDオイルなどを生活に取り入れる際に、CBD単体だけでなく、それ以外のカンナビノイドやミネラルやテルペンなどの成分を含んだ「ブロードスペクトラム」「フルスペクトラム」と呼ばれるタイプを選ぶのも一案です。ただし日本ではTHCは規制対象のため、THCを含まない「ブロードスペクトラム」タイプのみが合法とされています。CBDのピュアな効果を体験してみたい場合は「アイソレート」タイプがおすすめです。
痛みを不快に感じさせないようにする効果
英オックスフォード大学の研究によると、大麻は痛みを消したり麻痺させるのではなく、不快に感じさせなくする効果を持っているといいます。
成人男性12人を対象に行われた実験では、対象者を2つのグループに分けTHCとプラセボ薬を投与して行われました。参加者をMRIスキャンでモニターしたところ、THCによって痛みを「苦しみ」と感じさせる部分の働きが不活性化されることが分かりました。つまり痛みが消えるのではなく、不快に感じにくくなるという作用を持っているのです。
まとめ
交通事故よりも多いと言われるオピオイド薬被害は、長期使用によってさらにそのリスクが高まります。一方、大麻の過剰摂取による死亡率はゼロではないものの非常に低いとされています。米国で嗜好用大麻を合法化した州では、オピオイド系鎮痛剤の過剰摂取に関連する死者数が20%を超えて減少しているとの研究結果も発表され、大麻への認識もここ数年で大きく変化しました。
どんな薬にも副作用はつきもの。取り扱いや品質管理、処方には十分な注意が必要ですが、辛い症状をより安全に緩和できるという大麻のポジティブ面が今後さらに生かされるようになって欲しいものです。
<参考資料>
https://www.jneurosci.org/content/21/17/6475.abstract