大麻草のヒーリング効果が広く知られるようになり、日本でも病気治療を目的とした大麻由来製剤の導入が検討されています。医療大麻が合法化されたものの、入手がまだ困難な英国では、大麻活動家が「庭に大麻を植えよう」というキャンペーンを行い話題になっています。
難病治療にも使われる大麻のヒーリング効果
健康効果や医療効果のある成分が含まれていることがわかり、化学療法よりもナチュラルな治療薬として注目されている大麻草。すでに海外では大麻抽出成分を使った医薬品が認可されたり、体の痛みや化学療法の副作用による吐き気、不眠などの症状に悩まされる人のための大麻クリニックが登場しています。
大麻草(学名:カンナビスサティバ)から分離された成分カンナビノイドの中には、カンナビジオール(CBD)やテトラヒドロカンナビノール(THC)やカンナビゲロール(CBG)など高い医療効果を持つ種類が見つかっています。例えば痛みや炎症をすみやかに抑制したり、重度のてんかん症状を改善するほか、ある種のがんに対する抑制作用すら見つかっているほどです。(がんの種類によって異なります。また効果や実感には個人差があります)。
医薬品やサプリメントとして使用する場合は、抽出した特定のカンナビノイドをオイルにブレンドしたり医薬品として加工しますが、症状によってはサプリメントやクリームの形で摂取するよりも、大麻草をタバコのように直接喫煙した方がより効果を得やすい場合もあります。
これまで治療や抑制が困難だった病気が劇的に回復するといったケースも報告されていますがまだ未知の領域も多く、医療大麻の研究はまだ始まったばかりであるといえます。
<医療大麻が利用できる症状の一例>
- 不眠や不安症状の緩和
- 緑内障の抑制(眼圧を下げる効果)
- リウマチ、腰痛、関節痛の緩和
- うつ病、PTSDの緩和
- HIV/AIDS患者の吐き気予防、食欲増進
- 抗てんかん作用(小児てんかんの予防・発作の軽減)
- 腫瘍の活性低下:がん細胞の増殖抑制
- アルツハイマー病、パーキンソン病の進行抑制、多発性硬化症の鎮痛など
医療用大麻が合法になった英国
大麻合法化が進む北米やカナダでは、場所によってはアルコールやタバコのように一定の条件をクリアすれば、医薬品としてだけでなくタバコやお酒のように嗜好品として大麻を楽しむこともできるようになりました。
英国では2018年に医療目的での大麻製品利用が初めて全国的に合法化されました。よく知られている医薬品名は「サティベックス 」や「ナビロン」。多発性硬化症による痙攣や、がん治療のなどの化学療法による吐き気・嘔吐の治療などに処方されています。また重度の小児てんかんの治療・発作の抑制にも大麻由来成分を使った医薬品が処方されています。
その一方、大麻草自体の売買や栽培は現在も全国的に規制されています。しかし英国では個人が嗜好品として大麻を楽しむことには比較的寛容であり、当局では「合法ではないが、犯罪としては扱わない」という姿勢をとっています。
一見矛盾しているようですが、これは大麻を利用する個人を取り締まるよりも、売買を行う闇ルートの摘発に注力した方が合理的であるという考え方に基づいています。
「自宅で大麻を植えよう」キャンペーン
英国では医療大麻は合法となったものの、クリニックの数が少なく合法的に大麻を手に入れることは困難で、費用も高くなるため、闇ルートから非合法に入手して使う人も少なくないようです。英国政府は医療大麻をスイス・フランス・中国から輸入しようとしていますが「わざわざ海外から輸入したものを買わせるのは変だ。大麻を必要としている人が自宅で大麻を育てて何が悪い。」という声も上がっています。
大麻普及活動団体Liberate Hemp(リバレート・ヘンプ)は人々の声を代表し、ソーシャルメディアを使った「大麻を植えよう」キャンペーンを始めました。
これは元ヘンプ農場のメンバーがSNSや実際のワークショップを通じて、人々に大麻の栽培方法を教え、大麻栽培を呼びかけるという大胆な内容です。「医療大麻を必要としている人は多い。非合法ルートに頼らざるを得ないのは理不尽だ。」「家でも栽培できるのに、わざわざ買わせるのはおかしい。結局金儲けが目的ではないのか」という主張があるため、市民不服従キャンペーンというニックネームで呼ばれています。国に頼らず自分のことは自分でやるという気概を持つ人が多い、英国らしいキャンペーンといえるでしょう。
医療大麻は家で育てられるのか?
大麻は丈夫な植物で英国の冷涼な気候でも育ちますが、陶酔作用を含む大麻が麻薬として扱われてきたことから、自宅で育てることは法律で禁止されています。
しかしこれは現代に入ってからのこと。16世紀のヘンリー8世王は海軍のロープや帆の材料として軍事に使われる重要な作物として土地所有者に大麻の栽培を義務付けました。ノルマを達成できなかった場合の罰則が与えられたと伝えられています。
大英帝国時代には英国人は植民地先でも麻を栽培させ、大麻製品はイギリス経済において重要な役割を果たしていました。その後、国内栽培するよりも海外から麻を輸入する方が安価であったため英国の麻の収穫量は次第に減少していきました。そして1928年になり英国で大麻を栽培することが禁止されたのです。
専門家によるガーデニング指南
2022年5月におこなわれた「リバレート・ヘンプ」のイベントには、農業や医療従事者、織工、庭師、芸術家など様々な人々がかつて産業大麻農場だった敷地に集まり、窓際プランターや自宅の庭、市民菜園で大麻を育てるワークショップに参加したり、6月に地方都市ブリストルで行われる大規模なヘンプ栽培イベントへの準備をしました。
キャンペーンの牽引役は、サウス・オックスフォードシャー地方にあるヘンプ農園「ヘンペン」のメンバーです。これまでも難民支援プログラムの一貫としてヘンプ栽培を利用するなど、コミュニティ志向のラディカルな方法で大麻普及活動を行っています。
このような事情もあってなのか、2019年に英国内務省はヘンペンの大麻栽培ライセンスを取り消しました。今回の活動は、政府の理不尽な処置に反発する意味合いも大きいようです。
「国産品」には大きなメリットがある
医療大麻を必要とする人が自宅でハーブを育てるように大麻を育てる。品種や品質の問題をクリアにできれば確かに合理的な方法であり、患者の経済的負担も軽減できるでしょう。
しかし医療大麻や産業大麻の生産を国内で行うことにはそれ以外のメリットもあります。大麻は林業よりも多くの二酸化炭素を吸収し、荒れた土地を修復し、生物多様性をサポートします。医薬品のほかにも繊維を利用したり産業に役立つだけでなく、肉や魚に代わる健康的でなサステナブルなたんぱく源としても役立ちます。悪用される可能性はないとはいえませんが、コロナ・ショック後の急激なインフレで経済的打撃を受けている英国人にとって、他国の供給に頼らなくて済む手段を得ることは決して悪いことではないでしょう。
英国の法律では、向精神作用を持つ成分THCが0.2%未満の大麻を産業大麻と定義づけています。「リバレート・ヘンプ」の代表は「安全な産業大麻や医療大麻が、その10倍の強度を持つマリファナと同じように厳密に規制されているのはおかしい」と指摘しています。
薬理効果の高い大麻成分カンナビジオール(CBD)産業の2021年の英国売上高は約8億7500万ドルと推定されており、政府としては今後ますます成長するであろう金のなる木を手放したくはないところでしょう。「公衆衛生上のリスク」が大麻規制の理由としてあげられることが多いのには、そんな事情もあるのではないでしょうか。
まとめ
「栽培ライセンスなんていらない、大麻を植えてしまおう」という呼びかけは過激に響きますが、矛盾を抱える医療大麻をめぐる状況を打破するための苦肉の策なのかもしれません。英国が医療大麻合法化に踏み切るきっかけとなったのも「重度のてんかんに苦しむ子どもから薬を取り上げるのは酷すぎる」という市民からの声がきっかけでした。
英国はこれから医療大麻栽培を合法化するのか。世界中で様々な例が聞かれるようになった現在、今後の期待が高まります。
<参考資料>
https://wickedleeks.riverford.co.uk/news/farmers-join-mass-disobedience-campaign-to-grow-hemp/