大気中のCO2吸収を増やしてくれる植林活動。英国ケンブリッジ大学では一歩進み、植林ならぬ「植麻」でより効果的にカーボン・オフセットを目指す興味深いプロジェクトが行われています。
カーボン・オフセットとは?
気候変動など様々な環境問題が叫ばれる中、各企業や団体で様々な取り組みが行われています。植林もその一つで、森林減少を食い止めそこで生息する動物たちの環境を守りながら樹木に大気中の二酸化炭素を吸収させることで、人間が排出した環境ガスの埋め合わせをするのが目的です。
このように大気中に排出された二酸化炭素を相殺する取り組みは「カーボン・オフセット」と呼ばれます。私たちが日常生活や経済活動において出す温室効果ガスについて、まずできるだけ排出量を減らすよう努力した上で、排出量に見合った温室効果ガスを減らす対策を行い埋め合わせるという考え方です。
またカーボン・オフセットの取組みをさらに進めて、排出される二酸化炭素と同じ量を相殺する「カーボン・ニュートラル」や、排出量よりも吸収量を多くする「カーボンネガティブ」も注目されています。例えばマイクロソフト社は2030 年までにカーボンネガティブになることを目標に、事業による直接的な排出およびサプライチェーンとバリューチェーンに関連する排出を含めて、CO2 排出量を半分以下に削減するというプログラムを立ち上げています。
これらの動きは1992年にリオデジャネイロで開催された国連環境開発会議(地球サミット)で採択された気候変動枠組条約(UNFCCC)に端を発しています。また地球の温室効果ガスを減らすため締結された世界で初めての国際協定「京都議定書(1997年)」や、2015年に定められた国際社会が2030年までに達成すべき17の目標「SDGs(=持続可能な開発目標)」も広く知られています。
「排出量を取引する」とは?
2015年に入り、国連認証カーボン・オフセットの取引プラットフォームが始動しました。これは、各企業や国が温室効果ガスを出すことができる量を「排出枠」として定め、その枠を超えてしまった国や企業は、排出量は少ないところから排出枠を買い上げ、それによって排出を削減したとみなすという取引のことです。
この「キャップ・アンド・トレード型」システムでは、排出量が多いと排出枠を買う費用がかかるというペナルティが発生するため、自国・自社努力のみのCO2削減政策より効率が良いとされています。カーボンホフセットが地球や自然環境を守るためだけでなく、国や企業の利益につながるという仕組みです。
大気中のCO2吸収をさらに進める植物
このような排出量取引は国や企業努力を促すための素晴らしいアイデアですが、すでに起きているダメージを少しでも回復し、今後の環境破壊を食い止めるには、二酸化炭素の吸収スピードをより高めることが必要になります。
ケンブリッジ大学の建築学部・自然材料イノベーションセンターはこのようなカーボンゼロ社会を実現するための研究を行う機関の一つ。2021年に入り「産業用ヘンプ栽培が植林の2倍の速さで待機中のCO2を吸収する」という興味深い研究結果を発表しています。
同センターの研究員ダーシル・シャー氏は、「麻のCO2吸収量は木よりも効果的」と説明しています。森林は成長年数や気候地域、樹木の種類などに応じて、1ヘクタールあたり年間2〜6トンのCO2を吸収するのに対し、産業用大麻は栽培地1ヘクタールあたり8〜15トンのCO2を吸収するとのこと。つまり麻の方が森林の2〜4倍も吸収率が高いというのです。
麻はマルチ作物
麻は何千年もの昔からロープ、テキスタイル、紙などの素材として伝統的に利用されてきました。近年はバイオプラスチックや建設資材、バイオ燃料のほか、健康効果を促進するサプリや、難病治療のための医薬品などマルチ利用されるようになり、ますます利用価値が高まっています。樹木に比べ非常に成長スピードが速いため短期間で収穫が可能で、生育過程において光合成を行うため大気中のCO2を吸収してくれるというメリットがあります。
ヘンプは日本語で大麻と呼ばれることから、麻薬などのネガティブなイメージがつきまとうこともあります。しかし同じ麻の仲間でも産業用ヘンプは嗜好用のマリファナのような精神活性作用、いわゆる「ハイ状態」を作り出す成分をほとんど含まない品種であり、種は古くから食用にされるなど安全性はとても高く、中毒や依存症の心配はありません。
金属やプラスチックの代用にも
シャー氏は「ヘンプの茎の外側を形成する強くて硬い繊維は、自動車部品や風力タービンのブレードやクラッディングパネルなどのバイオプラスチック製品に使用できる」と麻のさらなる可能性についても触れています。このヘンプ製バイオプラスチックは、アルミニウムやアスファルト、亜鉛メッキ鋼パネルと比較して製造にかかるエネルギーはわずか15〜60%とのこと。
また、茎の木質の内側部分であるシーブと呼ばれる部分は、細かく砕いて石灰と混合することによって耐力壁の充填材および断熱材となる「ヘンプクリート(ヘンプ+コンクリート)」の製造に使用できます。断熱材や絶縁体として使われる、産業・工業分野で欠かすことのできない素材ガラス繊維(グラスファイバー)も、麻で代用が可能となります。
ヘンプだけで建てられた土に還るエコハウス
シャー氏は英ケンブリッジシャーにある53エーカーの麻農園「マージェントファーム」と協力して、製造と建設に使用できるヘンプ由来のエコ素材を開発しています。
また同じ農園から採れた麻を使い自宅を建てた映画製作者スティーブ・バロンとのコラボレーションも行っています。このバロン氏は80年代にマイケル・ジャクソンやA-ha(アーハ)、マドンナなどの有名ミュージシャンのミュージックビデオの監督としてヒットを飛ばし、90年代には「ミュータント・タートルズ」などの映画やTV監督として活躍した人物。
マージェントファームで収穫された麻が家になるまでの過程は、以下のリンクで1分半の動画として紹介されています。
https://www.youtube.com/watch?v=3N5tq0gTphQ&t=92s
バロン氏の自宅として建てられたこの3寝室付きの家「フラットハウス」は、ロンドンを拠点とするコミュニティや住宅プロジェクトを手掛けるロンドンのPractice Architecture社がデザイン。持続可能な建売住宅のプロトタイプを作成することを目的に設計されており、エンジニアや専門家と緊密に協力して、麻ベースのプレハブパネルを開発し、わずか2日で組み立てが行われました。栽培・建築に必要なエネルギーも風力や太陽光などの自然エネルギーを使用しています。
ヘンプはもとも丈夫で農薬をあまり必要としない作物ですが、この農園では特にオーガニック農法にこだわり産業用大麻を栽培しています。これは農業によって生まれるCO2排出量の30〜40%が肥料や農薬から発生するため、オーガニックにするとこれらの排出量をさらに抑えることができるからです。また廃棄される時がきても、生分解されやすい成分でできているため土に還るスピードも早く、残留した農薬などによる汚染の度合いも軽減されます。
まとめ
「ヘンプは私たちに食料、薬、建材などを提供してくれる作物であると同時に、空気、土壌、水など、人間が生み出す多くの環境問題への解決策にもなってくれる素晴らしい作物です」とシャー氏は語っています。持続可能な開発目標=SDGsの実現にはヘンプの存在がさらに重要になってくるのかもしれません。
<参考資料>
Practice Architecture
https://practicearchitecture.co.uk/project/flat-house/
ダーシル・シャー氏インタビュー
https://www.dezeen.com/2021/06/30/carbon-sequestering-hemp-darshil-shah-interview/
スティーヴ・バロン氏インタビュー
https://www.dezeen.com/2021/07/02/carbon-zero-architecture-hemp-house-steve-barron-interview/