技術の進化によってヘンプは衣服や食用だけでなく、さまざまな工業製品にも利用されています。そして石油や鉱石のように枯渇することのない、未来のスーパー動力源としても注目を浴びています。
自動車王フォードも注目していたヘンプ
麻の一種ヘンプの産業利用が近年加速しており、様々な製品が生まれています。麻を原材料にした植物性のプラスチック「バイオプラスチック」もその一つですが、初めて作ったのは米国の自動車王ヘンリー・フォード(1863 -1947年)だといわれています。 彼は自動車産業を存続していくために、早い時期からバイオエタノール燃料や、麻や大豆やとうもろこし繊維を使ったプラスチックの研究を進めていたことで知られています。フォード社の作り出したバイオプラスチックは斧を跳ね返したといわれ、フォード氏自身が斧を手にバイオプラスチックを使用した「モデルT」を叩く様子を写した写真も残されています。
現在では麻ベースの建材や乗り物が続々と誕生していますが、強力な動力源としてヘンプ由来の電池が開発され、電気自動車などへの搭載に向けて研究と実用化が進んでいます。
ノーベル賞受賞素材よりも優秀?
英国の国営ニュースBBCでは、ヘンプ繊維は超高性能バッテリーに使われる小型でエネルギー貯蔵量の大きなコンデンサ「スーパーキャパシタ」の材料となっているグラフェン(graphene)の代用になるとし、しかもより高性能である可能性について報じています。
スーパーキャパシタは化学反応によって、電荷を蓄える二次電池よりも短時間で充放電できるのが特徴です。また劣化が少なく万単位のサイクルの充放電が可能で、製品寿命が非常に長いというのも大きなメリットです。
米国の電気自動車大手テスラのイーロン・マスクもこの技術に注目しており、2019年にはキャパシタ技術を持つ米マックスウェル・テクノロジーズを約2億1800万ドル(約240億円)で買収し、完全子会社化してその技術を手に入れています。
このスーパーキャパシタの基礎となるグラフェンは、炭素原子が網目のように六角形に結びつきシート状になっている物質のことです。軽くて薄く、そして素晴らしい強度を持つという夢のような素材で、2010年ノーベル物理学賞(※)の対象にもなりました。
このグラフェンをヘンプに置き換えることができ、しかもヘンプの方が高性能であるとすれば、EV業界をはじめ様々な産業が注目しないはずがありません。
※グラフェンは2004年、アンドレ・ガイム博士とコンスタンチン・ノボセロフ博士が初めて精製に成功しました。2010年にはその功績によって「炭素新素材グラフェンに関する革新的実験」としてノーベル物理学賞を受賞しています。
「麻は危険」という誤解
ヘンプを始めとする麻科の植物は、生活用品を作る素材として古くから人類に親しまれ、栽培が行われてきました。
<麻科の作物から作ることができる物の例>
- リネン(亜麻・アマ)、ラミー(苧麻・チョマ)>衣類やタオル、シーツなどの日用品
- ジュート(黄麻・コウマ)>カーペット基布やバッグなど
- ヘンプ(大麻・タイマ)>衣類、ロープ、食料、薬用、工業利用など
特にヘンプは近年注目を浴びている麻で、衣類や建築材料、医療や食用など様々な用途に利用され、ヘンプ農家も増えています。農薬や大量の水を使わなくてもよく育ち、環境への負荷が少ない農作物であることも注目の理由です。
このようにいいこと尽くしに思えるヘンプですが、ヘンプ=大麻というとマリファナなどの喫煙を連想し「なんだか危険なもの」という先入観を手放せない人もまだ多いのではないでしょうか。しかし現在産業用として広く栽培されている「産業用ヘンプ=インダストリアル・ヘンプ」という種類の大麻は、麻薬成分とされるテトラヒドロカンナビノール( THC)をほとんど含まず、乱用につながる危険はまずありません。
また、悪者扱いされることもある成分THCも、麻の他の成分と組み合わせることで難病の治療や症状緩和にも効果が見られることが分かっています。従来の医薬品では効果が薄く、副作用の強い薬品に代わる画期的な医薬品としても活用されていることも知っておくべきでしょう。
ヘンプ電池はどうやって作られる?
産業用ヘンプは衣類や建築材料に使われますが、残った靭皮繊維(内側の樹皮の部分)は廃棄されて埋め立てられ、肥料になるというのが常でした。
「ヘンプ電池」の発明者、米ニューヨーク州クラークソン大学のデビッド・ミトリン博士は、このバイオ廃棄物を加工することでリグニンとセミセルロースを溶解し、グラフェンによく似た構造を作り出しエネルギーを生み出すことに成功しました。また電解質としてイオン液体を追加することにより、電極にナノシートを構築しました。
この仕組みは高いエネルギー密度で動作するスーパーキャパシタと同じ役割を果たします。そしてミトリン博士の開発したヘンプ由来のスーパーキャパシタは、市販のグラフェンベースの製品と同等、またはそれ以上のパワーを持つことが測定されました。
「最後の巨大市場」アフリカに進出
今後の課題は普及と低コスト化ですが、数年前まで高価すぎて非現実的と言われた培養肉がすでにファストフードとして商品化されている時代。「EVを数分で満充電できる」時代もそう遠くはないのかもしれません。
2018年 には、米テキサスを拠点とする代替エネルギー会社Alternet Systemsが、子会社の電気自動車(EV)や二輪車の動力源として麻製品のスーパーキャパシタに注目し、ミトリン博士チームとの協力を発表しました。
その後同社は新たに立ち上げたReVolt Electric Motorbikesの子会社を通じて、麻バッテリーを搭載した電気二輪車・電気自動車をリリース。「最後の巨大市場」といわれるアフリカをターゲットに普及を進めています。
持続可能な未来へ
麻バッテリーの素晴らしさは、EVの動力源であるリチウム電池のように材料を採掘せず、従来の自動車のようにガソリンを使い環境に害を及ぼす率が非常に低いことです。
排ガスを出さない次世代の乗り物といわれるEVですが、電池の原料であるリチウムやコバルト類は、ばく大なエネルギーを使って鉱山や塩湖から採掘する必要があり、採掘できる量にも限りがあります。また「EV製造コストの約半分は電池代」と言われるほど費用もかかります。
その点、麻バッテリーの材料である麻は生育スピードが早く、枯渇することがありません。またリチウムの1000分の1と非常に低コストで生産できるうえ、生育段階から二酸化炭素を吸収して気候変動を食い止めるなど、電池以外にも多様な産業利用ができるのです。
気候変動など、人類の活動が環境に悪影響を及ぼすニュースが連日のように流れ暗い気分になることもありますが、麻の持つ可能性は未来への希望を与えてくれます。風力や水力・太陽などの自然エネルギーに仲間入りし、麻が電力部門の脱酸素化に大きく貢献してくれる日も近いのではないでしょうか。
<参考資料>