通気性がよく丈夫な麻は衣類の素材として盛んに使われていました。吸水性に優れ肌触りがよく、着込むうちに風合いの増す素材としてエジプトからヨーロッパ全域で古くから重宝されました。現在では大麻ブームに伴い安全性の高い産業用ヘンプの栽培が盛んになっており、ファッション業界ではリネンに続いてヘンプ繊維の利用が盛んになってきているようです。
エコファッションと麻の関係
麻は古代から衣類の素材として利用されてきました。中でも麻の一種フラックス(亜麻)の繊維を使ったリネンは美しく着心地にも優れた天然繊維として現在でも世界中に根強いファンに愛されています。
米国では植民地時代と初期共和国の間に大麻の栽培が法的に義務付けられていたといいます。
第二次世界大戦中には政府から大麻栽培に助成金が支給され、米国の農民は大量の大麻を栽培し、それらは繊維、衣類、ロープ、寝具、漁網の生産に使用されました。また繊維で紙を作ったり、種(ヘンプシード)は食料源にもなりました。
その後、大麻が麻薬として規制されたことや、綿花の大量生産が普及するにつれて麻はコットン素材にとって代わられていきました。現在ではコットンは衣類や家庭用品の繊維として全繊維の60%以上を占めているとも言われます(米国の場合)。また他の作物と比べてコットンは耕地面積当たりの収入が高いため、お金になる作物としても人気があるのです。
しかし過去数十年の間に、綿花生産に大量の農薬や石油系の化学肥料・水資源が使用されることから、人間や環境への悪影響が懸念されるようになりました。このためにオーガニックコットンの利用がもてはやされるようになりましたが、水資源問題は効果的な解決策が見つからないまま年月が経ってしまいます。コットン製のTシャツを1枚作るために必要な水の量は2,700リットル以上に及びます。1人の人間が3年かけて飲む水の量に匹敵するといいますから驚きです。
またファッションを生産する際にも大量の水が必要とされていることを知らない人も多いのではないでしょうか。2012年の調査によると、衣類の染色と仕上げの工程で生じる廃水は、世界中の廃水のおよそ20%を占めると報告されています。
麻が繊維素材として現在注目を浴びているのは、栽培時に農薬使用が少なくてすみ環境への負荷が少ないことに加えて、水の使用量がコットンの5分の1以下で済むという特性です。(繊維重量で比較した場合)。また廃棄されても天然素材として生物学的に速やかに分解されるため、マイクロプラスチック問題(※)を引き起こすポリエステルなどの化学繊維よりもはるかに環境に優しく、再生可能な素材であると言われているのです。
このような事情を背景に、2021年に入り、リーバイスやAGなど各ブランドが一気にヘンプ素材のデニムコレクションを発表しており、現在注目を集めています。
(※)
マイクロプラスチック問題
微細なプラスチックが水に混入することで引き起こされる環境問題のこと。水源が汚染され、海洋生物の生態系を破壊していることが問題化しています。マイクロプラスチックは消化に適しないため、消化不全や胃潰瘍などを引き起こし、海洋生物を死に至らしめます。
リーバイスの「well thread」
ジーンズブランドとして日本でも馴染みの深いリーバイスでは、地球に優しい素材を選択しつつ伝統的な製法を守りつけるという企業ポリシーから、2021年春夏のWell Threadコレクションにおいて、商品の55%で麻繊維を利用すると発表しました。また同社では現在、従来のコットンよりも環境汚染率の少ないオーガニックコットンの使用率を増やすことに取り組んでいます。
メイドウェルの「サマー・ウェイト・デニム」
米ブランドJ.クルーの姉妹ブランドにあたる「メイドウェル」では、ヘンプとコットンをミックスした軽やかで夏らしい着心地のデニムライン「サマー・ウェイト・デニム」を春夏コレクションで発表しました。柔らかい肌触りで、デザインもハイライズのスキニースタイルやヴィンテージ風デザイン、ボーイズ風などトレンドを押さえた作り。他にもデニムジャケットや夏らしいショーツを揃えています。
AGの「ジーンズ・オブ・トゥモロー」
米カリフォルニアに本拠地を置くデニムファッション・ブランドAGではクリーンとサステナブルをポリシーにした環境志向のデニム・ライン「ジーンズ・オブ・トゥモロー カプセルコレクション」を発表しました。このデニム・ラインはオーガニックコットン、テンセル、ヘンプをミックスして作られていて、生分解性は100 %。AGでは水資源保護への継続的な取り組みに沿って、レーザーやオゾン仕上げ技術、水資源のリサイクルなどの責任あるサプライチェーンプロセスを使用して、水とエネルギーの節約に取り組んでいます。また現在1日あたり100,000ガロン以上の水をリサイクルしており、年間5,000万ガロン以上の水をリサイクルすることを目指しています。
なぜジーンズに注目?
ファッションブランドがジーンズの素材をコットンからからヘンプに切り替えることには、多くの利点があります。水資源を守ることができるほかにも、ヘンプ繊維はコットンと同じく自然な吸収性がある上、コットンの3倍という強度を誇ります。夕方になるとジーンズの膝が緩んで出てしまったり、ウェスト周りがゆるくなってしまうこともなく、スタイリッシュで快適な着心地が可能になるのです。
またパンデミックの影響などで業績不振に苦しむファッション業界は、「エコ」「サステナブル(持続可能性)」といったキーワードに、その活路を見出していると言ってもよいでしょう。ファストファッションの環境害が叫ばれボイコット運動も行われる昨今では「エコ」であることはブランドにとって死活問題になっているのです。
ヘンプ繊維の課題
ヘンプは環境に有毒な農薬の使用を減らし、土壌を豊かにするサステナブルな素材として大きな可能性を秘めていますが、現時点ではヘンプ繊維は他素材とブレンドしないと肌触りの点でまだ粗さを感じることもあります。このため他素材とブレンドされて使用されることが多く、まだ完全にコットン素材と入れ替えてしまうことはできないようです。
このため今後様々な衣服に利用していくためには素材感の研究が必要になっています。ラングラーやリー・ジーンズの親会社である世界的なアパレル企業コントール・ブランズでは、産業用麻(※)繊維のエキスパートであるパンダ・バイオテック社とのコラボレーションを拡大し、ヘンプ・ファッションの拡大を図っています。
※産業用麻
嗜好用や医薬用にも使用される物質THCを多く含む品種と区別するために、米国では産業用のヘンプを「乾燥重量で0.3%以下のTHCしか含まない大麻」として定義しています。
まとめ
法律の改正により麻の生産や入手がしやすくなり、より多くの企業が経済的および環境的利益のためにヘンプ利用を考えています。アメリカのヘンプ(産業用大麻)推進団体 Vote Hemp によると、2018年に入り、アメリカは中国、カナダに次いで世界のヘンプ栽培国のトップ3に入り、前年にあたる2017年から1年で耕地が3倍に増えたといいます。
現在、以下の41の州がヘンプを認め、栽培に関する規制を撤廃しています。またバイオテック業界においてもヘンプ研究者や研究用に発行されるライセンス数も飛躍的に増えており、今後も様々なヘンプ・ファッションの登場が期待できそうです。
<参考資料>
コットンと環境
https://www.cotton.or.jp/environment.htm
https://bit.ly/3p0H6di
https://hemptoday.net/us-third-biggest-hemp-grower/
https://sourcingjournal.com/denim/denim-mills/us-national-hemp-association-fiber-kontoor-panda-biotech-agi-xinjiang-cotton-276485/
麻の米歴史
https://indohemp.com/blog/hemp-vs-cotton/
衣料排水
https://file.scirp.org/pdf/NS20120100003_72866800.pdf
リーバイス
https://inhabitat.com/levis-wellthread-collection-showcases-sustainable-use-of-hemp/
メイドウェル
https://www.madewell.com/womens/trends/summerweight-denim?scroll=2
AG
https://www.agjeans.com/the-jean-of-tomorrow.html