はじめに
タイ北部の町を歩いていると、さまざまな民族衣装を着た人びとを見かけます。チェンマイのような観光地では、民族衣装を土産物に売っていることもありますが、さらに奥のチェンライなどに行くと、その衣装を着て生活している人たちと出会うことも増えます。ここでは、タイに住む山岳少数民族のひとつ、モン族と麻のかかわりを紹介します。
タイの山岳少数民族
タイは、人口の大半をタイ族が占める国です。ラオス、中国、ミャンマーなどと国境を接しているため、特に北部には、戦乱や自然災害などを逃れて他所から移り住んできた人びとも住んでいます。これらの少数民族は、主に山地に住んでいることから、タイ語で「山地民」(チャーオ・カオ)とよばれています。
山地民は、もともとはカレン、メオ(モン Hmong)、ヤオ(ユーミエン)、アカ、リス、ラフ、カム、ラワ、ティンの9民族を含んだカテゴリーであったが、後にムラブリも含むようになった*1ことばです。
国境をまたがって住む、この山地民の人たちは、平地に住む主流のタイ人とは異なる言語や生活様式をもっていて、移動しながら焼畑農業を行い、近年までは自給自足の生活を営んでいました。
しかし、隣国の政変に伴う国境警備の問題、北部山岳地帯における麻薬栽培などの問題が絡み、タイ政府は1950年代から定住を促す政策を採るようになります。
「医療大麻合法化をめぐるタイの動き」(別記事)
若い世代の多くは、進学や就職を機会に平地のタイ人と同じような生活になじんでいますが、なかには出生届が出されていないためにタイ国籍がなかったり、伝統的な山の生活を維持しようとすると、子どもが教育を受けられず、十分な収入のある仕事に就けなかったりと、社会的・経済的な問題も抱えています。
“自由の人”を意味する自称「モン」
タイのモン族(人)といった場合、実は2つの異なるグループがあります。ひとつは、7世紀ごろから栄えたドヴァ―ラヴァティー王国の系譜を引くモンの人びと(Mon)。本稿で取り上げるのは、それとは別の、後からタイにやって来たモンの人びと(Hmong)のことです。「ミャオ」「メオ」と呼ばれることもありますが、自分たちでは“自由の人”を意味する「モン」と称しています。
ここ200年ほどの間の中国西南部からの移住者で、東南アジアではヴェトナム、ラオス、タイ、ビルマ(ミャンマー)に分布する。開拓者型の移動焼畑耕作が主たる生業だったが、60年代以降の定着居住の推進につれ、常畑での換金作物の栽培に転換しつつある。*2
モン族は、前述のように数か国に分かれて住んでいて、さらに小さな下部グループにも分けられますが、共通の文化があり、ルーツを同じくする民族であるという意識をもっています。
実際の生活は、住んでいる国の政策と深くかかわってくるので、ここではタイに暮らすモンの人びとに絞って話を進めます。タイに住むモン族は、「白モン」「青モン」というグループに属していて、この名はかれらの身に着けている民族衣装の色合いと関係があります。
自給自足で作り上げる華麗な民族衣装
モン族の人びとが着ている民族衣装は、色鮮やかな刺繍と、藍のろうけつ染めが特徴です。
布地に使われるのは綿や麻。伝統的に自給自足の生活だったので、綿や麻などの繊維植物を育てて糸を績み、紡いだ糸で布を織る、織った布を染めるまで、すべて女性たちが自分で仕上げたそうです。古代から高機を使って布を織っていたといい、紋織など緻密で複雑な技法が伝えられています。
特徴的な「ろうけつ染め」とは、布に蜜蝋(ろう)で模様書きしてから染めると、ろうを置いた部分が白く残ることを利用した、防染による染色法のひとつ。野生の藍の染液に浸けては陰干しする作業を10~30回も繰り返し、濃い藍に染まった後で湯をくぐらせると、ろうが落ちて白い模様が浮かび上がるというものです。*3
麻は、大麻とも呼ばれる、クワ科の一年草の皮から採ります。
通常,繊維としての麻は大麻をさすことが多い.これはアサ科の1年生草本の靱皮繊維である.単繊維は長さ15〜25 mm,幅16〜50 μm 程度,色は暗褐色,漂白すると強度はいくぶん弱くなるが,綿,亜麻よりも強い。*4
葉や樹脂に麻薬成分があるので、麻の栽培はタイでも免許制です。しかし、もともと自家栽培による麻で衣類を作ってきた少数民族は例外で、これまでも特別な許可を得た企業・団体が、生活支援のための事業を実施していました。
民族衣装を彩る刺繍、パッチワークの意味
モン族の民族衣装のえりや袖口、すそは、隙間なく糸でかがってあります。
何より怖いのは悪霊で、衣服と体との境や縫い目から体内に入り悪行を行うと信じられているため、隙間なくぎっしりと装飾を施すのである。*5
モン族の刺繍は主にクロスステッチの技法で、×の模様を連続して線や面をつくっていきます。女性同士でおしゃべりに花を咲かせながらも、手は休めず、せっせと刺繍をしている光景を北タイで見かけました。色とりどりの糸を針に通し、下絵もない布地に針を刺していくさまは、まさに名人芸です。
女の子は、6歳になるともう針仕事を始めるといいます。最初は簡単な線を縫いとることから始め、次第にお母さん・お姉さんの仕事ぶりを見ながら、高度な刺繍技術を身につけていくそうです。
タイ語やローマ字に親しむ以前、モンの社会には文字がありませんでした。民族の歴史や歌、昔話は口承で伝えられてきました。中には刺繍やパッチワークで表現されてきたものもあり、それぞれの模様には象徴的な意味があります。たとえば渦巻模様はカタツムリを表し、成長や繁栄のシンボルになっています。
刺繍がうまいということは、根気のいる仕事もいとわない働き者だということ。正月や村祭りなどでは、女性たちは自分で作った衣装を着ていくので、きれいな染めや上手な刺繍ができる人ほど、結婚相手としての評価も高いそうです。モン族の若い娘たちが、競うように刺繍の腕を磨くのは、家族の衣装を任されてきた女性の役割とも関係があったわけです。
まとめ
現代では西洋風の服装も普及して、モン族など山地民の人びとも既製品の服を着ることが珍しくなくなりました。伝統の刺繍は、ポーチやタペストリーなどにあしらわれています。タイやヨーロッパ、日本の市民団体などは、モン族の女性たちから刺繍やパッチワークなどの手工芸品を直接買い取り、支援をしています。女性たちが作る手工芸品は、北タイの土産物としても人気があり、貴重な現金収入として、モン族の暮らしを支えています。
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情報引用元(参考文献、URL、URKページ タイトル記載)
画像1 出所 ”Blue Hmong (Miao)” by Linda DV is licensed with CC BY-NC-ND 2.0. To view a copy of this license, visit https://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/2.0/
https://www.flickr.com/photos/8981098@N07/1124729072
☆地図1 東南アジア大陸部 Googleマップ
出所 https://goo.gl/maps/6wCP87wbMHjdBCvG8
*1 吉野晃「山地民」日本タイ学会編『タイ事典』めこん、2009年。
*2 谷口裕久「モン(Hmong)」、日本タイ学会編『タイ事典』めこん、2009年。
☆地図2 Demographics of Thailand
出所 https://en.wikipedia.org/wiki/Demographics_of_Thailand
*3 参考 「特集 東南アジアの少数民族 自由の民モン族」『シャンティ』増刊春号、SVA曹洞宗国際ボランティア会、1993年。
*4 「麻」『化学辞典(第2版)』森北出版 https://kotobank.jp/word/%E9%BA%BB-423922
*5 伊豆原月江「彩やかな刺繍の世界 連綿と伝わるモン族の伝承芸術」、「特集 東南アジアの少数民族 自由の民モン族」『シャンティ』増刊春号、SVA曹洞宗国際ボランティア会、1993年。
画像6 出所 ”Hmong Embroidered Story Cloth” by beavela is licensed with CC BY-NC-ND 2.0. To view a copy of this license, visit https://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/2.0/
https://search.creativecommons.org/photos/0ae88b1a-a8ca-44f6-9ac9-1285390633e4