麻や麻からとれる繊維は、産業素材の中で環境に優しい代替品として注目を集めています。計り知れない可能性を秘めた麻の魅力に迫ってみましょう。
とてつもなく長い、人類と麻の歴史
太古から人類に親しまれてきた植物「麻」。その歴史は人類最古と考えられているメソポタミア文明まで遡るといいます。
古代エジプトでは麻繊維の一種であるリネンが重宝され、広く神事にも使われました。日本でもしめ縄など神道において麻が神聖視され、お祓いで使う道具を「大麻」(おおぬさ) と呼んでいた歴史もありました。また和柄にも麻の葉のモチーフが使われていることから、日本人にも馴染みの深い作物であったことがうかがえます。
麻は繊維を衣料用に利用するだけでなく、茎は建材や燃料として使われ、種子は大切な食糧源にもなりました。また種類によっては痛み止めや鎮静剤、喘息の薬としても古くから重宝され「英国のビクトリア女王が大麻を痛み止めとして使っていた」という記録も残っています。戦後に日本で大麻が全面的に禁止されるまでは、日本でも利用されていた時代があるのです。
また大麻の喫煙文化も、合法・非合法を問わず古くから世界各国に根付いています。
現代では産業技術の進歩により、麻の繊維を衣服に利用したり、種子を食料にしたりするだけでなく、種、葉、花穂、根といった全ての部位を、産業用に活用することができるようになりました。中でもよく利用されているのが「産業用ヘンプ」または「インダストリアル・ヘンプ」と呼ばれる種類の麻です。
産業用ヘンプとは何か
産業用ヘンプとヘンプの違いはなんでしょうか。まず、ヘンプとは日本で呼ばれる大麻のこと。麻科の植物の一種であり、3カ月で約3mに生長する一年草です。幅広い気候帯に適応する丈夫さが特徴で世界各地に分布しています。
このヘンプには他の植物と同様、様々な成分が含まれているのですが100種類以上ある大麻特有の薬理成分カンナビノイドのうち、テトラヒドロカンナビノール(THC)と呼ばれる成分が精神を高揚させる作用、いわゆる麻薬作用を及ぼすため、多くの国で規制を受けています。
産業用ヘンプは品種改良を経たのち、大麻の中でもTHC濃度が非常低い品種(テトラヒドロカンナビノール含有量が質量比で0.3%未満)のことを指します。
また大麻には精神作用を引き起こさず、健康に役立つカンナビジオール(CBD)という成分も含まれており、健康に役立つ成分として医療界やウェルネス業界でも注目されています。
こんな製品にも使われている
産業用ヘンプの利用する用途は多岐に渡ります。
<例>
紙、布、生分解性プラスチック、オイル、ペンキ、絶縁材料、バイオ燃料、食品、動物飼料、サプリメント、化粧品など
またそれぞれヘンプ繊維利用のメリットも見ていきましょう。
●ヘンプ繊維を使った紙は木パルプの紙より何倍も長持ちすることが分かっています。
●ヘンプ繊維を原料にした自動車内装部品は、石油ベースのプラスチックよりも何倍も強力であり、ガラス繊維よりも軽量で安全です。またスチールよりも軽量で耐久性があり、錆びることがありません。他にも車の部品やスクーターやギター、スピーカーのキャビネット、家具やヨガマットなどスポーツ用品、再利用可能なカップまでさまざまな製品を作ることができます。
例えばオランダで生産されている電動スクーターBe.eは、90%の不織麻繊維と10%の亜麻織物繊維にバイオベースの樹脂を注入してボディ構造を製作しています。
●ヘンプからはリチウム電池も数倍のパワーを持つ電池も生産できることがわかっています。
このようにみていくと、プラスチックや石油素材で作られたもののほとんどが麻繊維で代替できることがわかります。
ヘンプファイバー利用の最大のメリット
麻を利用する現在における最大のメリットは、サスティナビリティ=持続可能性です。
麻は成長が早いうえ、農薬や大量の水を必要とせず、丈夫で育ちやすいためサーキュラーエコノミー(循環性経済)にぴったりの作物と言われています。
また石油由来のプラスチックと異なり、丈夫でありながら生分解性(分解され土に還る)も高いことも大きなメリットで、大気汚染や気候変動を引き起こす化石燃料の使用を減らし、土壌や水源などの環境汚染を軽減することができます。強度もあり木材の代用となるため、森林伐採を減らすことも可能になるのです。
ヘンプ繊維を利用した産業用品メーカーの一例を挙げると、オランダに本拠地を置く世界最大の大麻種子バンク「センシ・シーズ」の関連会社であるヘンプフラックス社は、独自に開発した非常に丈夫で多目的な麻繊維由来の産業用テクニカルヘンプファイバーの提供を行っています。上で紹介した産業用品の他にも、化学薬品を含まず環境に優しく、天然の土壌改良剤にもなってくれる農業、および園芸分野における繊維製品、断熱用や絶縁体として使われるガラス繊維(グラスファイバー)の優れた代替品としてのヘンプ製不織布などを生産しています。
ちなみに食料としての麻も優秀で、タンパク質が豊富でベジタリアンやヴィーガン食に向いており農薬をほとんど必要としないため安心して食べることができます。アミノ酸、食物繊維が豊富に含まれ、体内で合成できない必須脂肪酸(オメガ3、6、9)をバランスよく含んでいるのです。
持続可能な未来のために
急激な経済成長と引き換えに公害による環境破壊が進行し、気候変動や水質・大気汚染が問題視されています。
麻が環境問題の全てを解決してくれる訳ではないものの、人類と共に歴史を歩んだこの作物が再度注目を浴びているのは喜ばしいこと。石油発電から太陽・水力・風力発電など再生可能エネルギーの普及が進むように、産業面・素材面においてもよりサスティナブルな代替素材が普及して、消費者により多くの選択肢が与えられるようになれば、人間の活動によって引き起こされる様々な環境破壊の進行を少しでも食い止められるようになるのではないでしょうか。
<参考資料>
https://www.hempflax.com/en/applications/industrialapplications/
https://www.vaneko.com/