【刑務所で活用!?】英国の刑務所で、受刑者を対象にした大麻試験投与か

英国では刑務所で受刑者に大麻を与え、刑務所内の死亡率を減らすという試験投与が現在検討されています。この大胆な試みには「ハームリダクション」と呼ばれる薬物問題への新しいアプローチが取られています。

刑務所における薬物のまん延

麻薬として取り締まられている大麻を囚人に与えるというこの大胆なアイデアは薬理学者のステファニー・シャープ博士によって2018年に提唱されました。この背景には、刑務所内で長年にわたって続く薬物濫用や暴力問題が関係しています。

英国では現在、刑務所内におけるオピオイド系製剤中毒が拡大しており、過剰摂取による死亡事件が増加し問題になっています。刑務所内では腐敗した刑務官などを介して内部へと様々なドラッグが持ち込まれていることも原因です。また刑務所に入ったことをきっかけにメタドンやブプレノルフィンなどのヘロイン代替品、プレガバリンやガバペンチノイドなどの強力な鎮痛薬に依存するようになり社会復帰が困難になるケースも見られます。これらの薬品はすべて中毒性があり、濫用するのは非常に危険とされています。 

またカンナビノイド・スパイス、または通称「スパイス」と呼ばれる、化学的に合成された強力なカンナビノイドが蔓延し、中毒死が増加していることも問題視されています。大麻に含まれる向精神物質THCと異なり、化学的に合成されたTHCは非常に濃度が高く一回の使用で大麻草の数10倍、時には100倍もの量を摂取してしまう可能性もあり、危険視されています。

英国では娯楽用大麻は違法とされていまが、現在のところ個人使用者の取り締まりにはあまり積極的ではありません。これは英国の警察当局が「社会問題を起こさない限りにおいて個人の大麻使用者を取り締まるよりも、違法薬物の流通を統べる犯罪組織の摘発に時間と資金を割くべきである」という姿勢をとっているためとされています。つまり英国では大麻喫煙は違法でありながら、あまり罰則が厳しくないというグレーゾーンの薬物という扱いが続いていました。
しかし天然の大麻草の数十倍のカンナビノイドを含有する危険な合成カンナビノイドが市場に出回るようになり、中毒死や重度のダメージが報告されるようになるにつれ、やはり規制を強めるべきではないかという声もあがっています。

刑務所をより安全に

北ウェールズの警察・犯罪コミッショナー※(Police and Crime Commissioner: PCC)は、「司法当局が刑務所での危害と暴力の削減に真剣に取り組むのであれば、受刑者の心身に致命的なダメージを与える率の高い合成カンナビノイド・スパイスの蔓延といった原因に対処するべきだ。薬物依存の受刑者のために無料の大麻を配布し、薬物の過剰摂取による死亡や暴力事件を減らし、オピオイドやカンナビノイド・スパイス中毒の緩和役となりうるかどうかをテストする必要がある」と述べ、現在、各地の刑務所に試験投与プログラムのフレームワークを提案しています。

つまり、ドラッグ使用を完全にやめさせることはできないまでも、実害を防ぐことを最優先に考えて対処する「やめさせようとしない依存症治療=ハームリダクション」的アプローチを採用すべきだと提案しているのです。

カンナビスはハードドラッグの緩和剤になりうるか

2021年1月、英ガーディアン紙はこのニュースを受け、過去5年間で300人以上の刑務官と外部スタッフが、薬物、タバコ、携帯電話などの禁止品をイングランドとウェールズの刑務所に持ち込んだとして解雇または有罪判決を受けていることを報じています。

また刑務所で記録された薬物発見数は、2019-20年に18%増加して21,575件になりました。国家統計局のデータによると2008年から2016年の間に刑務所で88人の薬物関連死が発生し、主な死因はメタドン、ヘロイン、ベンゾジアゼピンによるものでした。しかし近年では前述のカンナビノイド・スパイスによる死亡が相次いでいます。

一方の大麻草自体にはコカインやヘロインといったハードドラッグと比較すると依存性が低いことも分かっており、米ミシガン大学のレポートによると、慢性的な痛みを緩和するためにオピオイド系製剤を常用していた患者が、大麻を使用することでオピオイドの使用量を大幅に減らし、禁断症状の身体的および心理的症状を軽減できる可能性があることを発表しています。

米国ジョン・ホプキンス大学の調査研究では、医療用カナビスが合法化された州においてオピオイド系製剤の過剰摂取による死亡事件が25%減少したことが分かっています(1999年から2014年までを対象にしたデータ)。

ハームリダクション的アプローチ

薬物使用の減少や中止を主目的とせず、 薬物使用を止めることよりダメージ防止にまずフォーカスするという、前述の「ハームリダクション」というアプローチ。

これは薬物使用者の肉体的ダメージを防ぐことを第一の目的とし、その薬物が合法・違法であるかどうかどうかにかかわらず、その使用をやめなくても、健康・社会・経済上の悪影響を減少させることを目的にしたプログラムです。1980年代にHIV 感染症の流行が世界的な問題となった際、薬物使用によるHIV 感染を防ぐために,米国では画期的なハームリダクション対策が試みられることになりました。
この際には薬物を使用する際の注射器の回し打ちを避けるために、清潔な注射器を配布し、 使用済みの注射器を回収・交換を行うという大胆な対策がとられました。

また、過剰摂取死や不衛生的な環境での注射針使用による病気感染、犯罪に巻き込まれて死亡する中毒死を減らすため、医療専門家がヘロイン中毒者に静脈注射を打ち、ホームレスの中毒者に清潔な注射針を届けるというドラッグ注射施設ができ議論を呼んだこともあります。これらのサポートをきっかけに薬物依存を脱した中毒者のケースも報告されています。

しかしこの考え方には専門家の中でも賛否両論があります。刑務所環境をより安全にするために大麻を配布するという試みが、本当に効果を発揮するのか。薬物中毒の緩和とハームリダクション通じて汚染を一掃し受刑者更正を支援することができるのか。様々な利権が絡んでおり吉と出る凶と出るか非常に複雑な問題であり、今後の動向に注目が集まります。

※参考

「警察・犯罪コミッショナー(Police and Crime Commissioner)」とは、英国イングラン
ド(ロンドン及びグレートマンチェスターを除く。)及びウェールズにおいて、住民の声を
警察活動に反映させることを目的として、2011 年警察改革及び社会責任法(Police Reform
and Social Responsibility Act 2011, c.13)に基づき設置された役職。
https://dl.ndl.go.jp/view/download/digidepo_10375748_po_02720105.pdf?contentNo=1

<参考資料>

●新聞の報道
https://www.theguardian.com/society/2021/jan/10/call-uk-prisons-trial-free-cannabis-see-cuts-drug-deaths

https://www.scottishlegal.com/article/england-prisons-should-trial-free-cannabis

●米ミシガン大学の研究
https://news.umich.edu/medical-marijuana-reduces-use-of-opioid-pain-meds-decreases-risk-for-some-with-chronic-pain/

●米ジョン・ホプキンス大学の研究
https://www.jhsph.edu/news/news-releases/2014/state-medical-marijuana-laws-linked-to-lower-prescription-overdose-deaths.html

●米国のハームリダクション活動の例
https://phra.org/?offset=1470266212017

ライター:ネモ・ロバーツ

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