大麻の持つ薬理成分を利用した医薬品や、医師から処方された大麻を喫煙することによってつらい症状の緩和をはかる医療大麻の利用が世界的に認知されつつあります。大麻医療と製薬業界の関係は今後どう変わっていくのでしょうか。
大麻の薬理成分は医学のニューホープ
近年の大麻医療は目覚ましい進歩を遂げています。大麻の摂取により向精神作用やリラックス効果など様々な効果を得られることは古来より知られていましたが、その成分や作用が解明され、より有効に利用することが可能になってきました。大麻に含まれる生理活性物質カンナビノイドは100種類以上見つかっており、そのうちのいくつかがすでに病気の治療に利用されたり、現在実用化に向けて研究が進んでいます。
<麻に含まれるカンナビノイドの例>
THC:Tetrahydrocannabinol 、テトラヒドロカンナビノール
マリファナの主要な精神活性物質として最もよく知られている成分。よく「ハイ」と呼ばれる向精神作用を引き起こすほか、痛み・吐き気・けいれんを抑え、食欲を増進させる効果があります。
CBD:Cannabidiol、カンナビジオール
産業用の麻品種に多く含まれ、THCに次いで有名な成分です。THCのような精神作用を引き起こさず、不安・不眠の症状を緩和し、抗炎症、抗てんかん、神経保護、血管弛緩、抗けいれん、制吐などさまざまな薬効があることが分かっています。
CBG:Cannabigerol、カンナビゲロール
抗菌・抗炎症作用をもつほかガン腫瘍を抑制し、骨の成長促進をすることが明らかになっています。また緑内障によって引き起こされる眼圧も低下させる作用も発見されました。
THCV:Tetrahydrocannabivarin、テトラヒドロカンナビバリン
THCとよく似た構造を持つ成分。食欲を抑制し、発作とけいれんを減らし、骨の成長促進を刺激する作用があります。
CBDV:Cannabidivarine、カンナビジバリン
CBDに似た構造。てんかん症例の発作を抑制する働きがあり、アメリカ食品医薬品局(FDA)が承認した難治性てんかん発作の治療薬エピディオレックスを開発した英製薬会社GW製薬では現在CBDVベースの薬が開発されています。
上に挙げたのはほんの一例ですが、病気治療のほかにもCBDオイルのようにサプリとして広く利用されている成分もあります。
麻からCBD以外の成分もまんべんなく抽出した「フルスペクトラム」タイプのCBDオイルは、麻に含まれる多数のカンナビノイドやその他の成分をあわせて摂ることができます。様々な成分を一緒に摂取することでより高いメリットが得られるとされ、この相乗効果を「アントラージュ効果」と呼びます。
フルスペクトラムのCBDオイルにはTHCも微量に含まれており、このアントラージュ効果によってCBDの働きを高めるとされていますが、日本ではTHCを含むCBDオイルは違法。フルスペクトラムからTHCを除去したタイプの製品「ブロードスペクトラム」タイプを選ぶ必要があります。またCBDのみを抽出したタイプは「アイソレート」と呼ばれています。
大麻のメリットはデメリットを凌駕する
現在、医療大麻はてんかん、腰痛、消耗症候群、慢性痛、末期エイズ患者の食欲増進、ガンの化学療法に伴う吐き気の緩和を求める人のために処方されています。パイプにつめてタバコのように喫煙したり、オイルとして経口摂取するのが主な使い方です。
大麻医療について、カナダのトロントに本社を置く世界的な医療大麻会社Pharma Cieloのドロン・ヒューマン博士は欧州「医療カンナビス・ネットワーク」のインタビューにおいてヘルスケア業界で成長し続けるだろうと語っています。
ヒューマン博士はもともと「ハームリダクション」と呼ばれる、薬物やタバコ、アルコール依存による害を和らげる依存症治療に関わってきた人物。大麻や麻薬に対して対立する立場を取ってもおかしくない人物が、大麻医療に積極的に取り組んでいるのにはどのような理由があるのでしょうか。
西欧社会に大麻喫煙を広めた60年代のヒッピー文化などのカウンターカルチャーを経て、ヘルスケアや治療分野にフォーカスしている現在の大麻業界。博士は大麻が科学者や投資家から病気に苦しむ個人まで、さまざまな人々にチャンスを提供し、将来的にはその恩恵がリスクを上回るだろうと考えており、その可能性を広げる一端を担いたいとコメントしています。
犯罪組織との関わりなど大麻に悪のイメージを重ねる人も多いのですが、こういった背景を取り除けば麻はほかの野菜と同じような農作物であり、しかも人々の苦しみを減らすパワーを秘めています。また人類だけでなくペットや家畜も将来的に大麻医療の恩恵を受けることができると言われています。
大麻の薬理成分について正しい知識が行き届いていないことも混乱を引き起こしている一因です。 THCは向精神作用があり、CBDはそうではないこと、 また禁止成分として扱われることが多いTHCも決して悪者という訳でなく、多くの場合、CBDと組み合わせることで重要な医学的効果を発揮することも知っておくべきでしょう。
生産コストとアクセスの問題
医薬品コストも重要なファクターです。
従来の製薬業界ではその製薬が革新的であればあるほど価格が高くなり手に入れにくくなります。このため経済的に厳しい状況にある国や貧しい人々が適切な医療を受けることができないという不公平が起こります。
「平等な医療」はWHO(世界保健機関)が医療イノベーションと人々のアクセスのバランスを取るために多くのエネルギーを費やしているほか、国連サミットで定められた「持続可能な開発目標(SDGs)」の中にもあげられた、世界的な取り組みが求められている重要な課題です。
大麻は「高度な革新的分野」における可能性と同時に「安価でアクセスしやすい医療」としての側面も持っています。麻は様々な医学的ポテンシャルを秘めているうえ、生産自体は安価であり様々な土地で栽培することができ、必要としている人々へ広く届けることができるのです。
しかし大麻医療によって、製薬業界の市場が混乱するのではないか、製薬業界が大麻医療によっておびやかされるのではないかという意見もあります。
ヒューマン博士は大麻業界の医薬分野参入について以下のように語っています。
「医薬品業界は確かに抵抗を感じているでしょう。 自分たちの利益が奪われるかも知れないのですから。しかし同時に、彼らはそのことがもたらすチャンスについても認識しています。 現在のブームが落ち着いた後、製薬会社が大麻医療に介入する可能性は大いにありうるでしょう」。
普及のインフラを整えることも大切
大麻医療が普及するには科学的エビデンスと規制の両方が重要になります。天然由来成分として、医療大麻は合成薬と同じ承認プロセスを必要としませんが、業界は効果を裏付けるための研究とエビデンスを非常に重んじます。
そして従来の医薬品やアルコール、タバコなどと同様に、濫用や悪用を避けるための教育や規制整備といった意識と法律の社会的インフラを整えていくことも、これからますます必要とされていくのではないでしょうか。
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<参考資料>
Medical Cannabis Network
https://www.healtheuropa.eu/medical-cannabis-pharma-industry/92589/