
アメリカの研究チームが、大麻にある「痛みを和らげる働き」をまねた新しい成分を開発しました。この成分は、依存性や精神への影響を起こさず、優れた鎮痛効果があると言われています。長年、慢性的な痛みに苦しんでいる人たちにとって、新しい希望の治療法になるかもしれません。
依存症のない痛みの治療法
最近、痛み止めの副作用や依存症のリスクが大きな問題になっています。特に「オピオイド」という鎮痛薬は、優れた鎮痛効果があるものの中毒性が高く、過剰摂取すると重大なトラブルを引き起こし、時には死に至ります。このような背景からオピオイドに代わるより安全で効果的な鎮痛法の開発が急務とされてきました。そんな中、ワシントン大学とスタンフォード大学の研究チームが、新たな可能性を示す研究成果を発表しました。依存性や副作用のリスクを抑えながら、しっかりと痛みを緩和する新しい鎮痛方法を開発したのです。
研究チームがではヘンプに含まれるカンナビノイド(大麻由来の化学物質)に注目しました。これらのカンナビノイドは、体内に分布するカンナビノイド受容体に作用して鎮痛作用を発揮します。体内に摂取されたカンナビノイドは、エンドカンナビノイドシステム(ECS)という仕組みを通じて、カンナビノイド受容体と結びつき、私たちの体内に元々備わっている生理的なシステムと相互作用します。これにより、鎮痛効果をはじめとするさまざまな効果が発揮されます。
カンナビノイド受容体として知られているのは、以下の2つです:
CB1受容体: これは主に脳や神経系、消化管に多く存在し、痛みの緩和や気分の調整、運動機能、食欲などに関わる。
CB2受容体: こちらは主に免疫細胞や末梢神経系に多く、炎症反応の調節や免疫機能に重要な役割を持つ。
また、カンナビノイドの中でよく知られているのは、CBD(カンナビジオール)とTHC(テトラヒドロカンナビノール)です。CBD(カンナビジオール)は、主にリラックス効果や痛みの緩和、抗炎症作用があります。副作用が少ないため、医療や健康関連の製品にも多く使用されています。一方のTHC(テトラヒドロカンナビノール)は、痛みの緩和や食欲増進などの治療効果がありますが、摂取すると酩酊状態を引き起こします。それぞれ異なる特徴を持っており、治療においても使い分けられることがあり、これらの成分を活用した新しい治療法が注目されています。
新しくデザインされたカンナビノイド分子
研究チームは正の電荷を持つカンナビノイド分子を作り、脳ではなく体の痛みを感じる神経細胞だけに結びつくようにしました。また神経痛や頭痛状態のマウスを使って、新しい合成カンナビノイド化合物を投与しました。マウスの触覚過敏を調べたところ、この化合物を投与したマウスの触覚過敏がなくなったことが確認されました。また、カンナビノイドが脳に入るのを防ぎながら、体の他の部分にあるCB1受容体と結びつき、精神に影響を与える作用を避けつつ、痛みを軽くすることができたのです。
今後さらなる研究が必要ですが、依存症を引き起こさずに痛みを和らげることができる方法として、アメリカで慢性的な痛みに悩む約5000万人の人々を救う可能性があると期待されています。

人々を苦しめる慢性痛
慢性痛とは、一般的に3ヶ月以上続く痛みのことを指します。ケガなどによる急性痛と異なり、痛みの原因となる怪我や病気が治った後でも痛みが続いたり、がんや関節炎、神経障害など、さまざまな原因が考えられます。しかし原因が特定できないこともあり、痛みだけが続く場合もあります。慢性痛は、単なる体の不快感にとどまらず、精神的や社会的にも大きな影響を与えることがあります。例えば、痛みのせいで日常生活が困難になったり、睡眠が取れなくなったり、気分が落ち込んだり、不安を感じやすくなったりします。その結果、仕事や人間関係にも悪影響が出ることがあります。つまり、慢性痛は体だけでなく、心にも大きな影響を及ぼすのです。
カンナビノイドは、オピオイドと同じように強い痛みを和らげますが、オピオイドよりも危険が少なく、医療大麻が合法な地域では、がんの痛みや化学治療の副作用を抑えるために大麻が処方されることもあります。
今回開発された化合物は、体内の痛みを和らげる受容体に結びつきますが、設計によって脳には届きません。脳の報酬システムにも働きかけないため、依存性もありません。このため多くの人が日常生活に支障をきたすことなく安心して使える点が大きな魅力です。また、オピオイドのような耐性が生まれにくく、使用量が増えたり乱用に至る可能性も低いことが確認されています。研究チームは現在、この化合物を経口薬として臨床試験に応用できるよう開発を進めています。

まとめ
20世紀に大麻(ヘンプ)は長い間違法薬物として禁止されていました。しかし、大麻は古代から痛みを和らげたり、リラックス効果をもたらす薬草として使われていた歴史もあります。最近では、大麻の成分がどのように作用するのかが科学的に解明され、自然の恵みと科学が結びついたて新しい治療法が生まれつつあります。またヘンプに含まれるカンナビノイドだけでなく、テルペン類と呼ばれる香りを持つ成分にも痛みに効果を持つことがわかってきました。
これらの研究が、アメリカで「オピオイド戦争」と呼ばれる、オピオイド系薬物の乱用とそれに伴う健康問題や事件が深刻化した状況が改善されていくきっかけになることを祈りたいものです。
<参考資料>