
英国ロンドン各地に今秋、人気のデリバリー・サービスにそっくりの「大麻デリバリー」の広告が登場して大きな話題になりました。本稿ではゲリラ式広告で大麻解禁を訴える大胆なマーケティング手法についてレポートします。
地下鉄やビルボードに「大麻をお届け」の広告
英国ロンドンでは2022年9月、地下鉄の広告スペースに「葉っぱ(=絵文字)は好きですか?ディスペンサルー」と記された割引コード付きのポスターが2,500 枚も張り巡らされ、若者に人気の商業施設ボックスパークではビルボードに一夜にして大きなポスターが登場し「一体どういうこと?!」と注目を集めました。

これはフードデリバリーで人気のサービスDeliveroo(デリバルー)の広告をまね、英国で規制薬物となっている大麻をオンライン販売している「ディスペンサルー」というウェブサイトのゲリラ広告です。
ディペンサルー(Dispenseroo)とは「ディスペンサリー」と「デリバルー」を組み合わせた言葉あそびです。「ディスペンサリー」は大麻が合法化されているカナダや北米の一部の州で普及している大麻販売所のこと。そして「デリバルー」とはデリバリー食で人気のサービス、つまり英国のウーバーイーツのような存在。つまりこれは大麻の宅配サービスの広告なのです。
地下鉄ネットワークを管理するロンドン交通局では「このポスターは違法に貼られたものだ」と、すぐに削除することを発表しました。ロンドン警視庁では「ロンドン地下鉄は英国運輸警察によって取り締まられている」とノーコメント。喫煙者が比較的多いとはいえ娯楽用大麻が違法の英国で大きな波紋を呼びました。
なぜこんな行動に出た?
この「ディスペンサルー」とはどんな存在で、なぜこのような広告を打ったのでしょうか。
ディスペンサルーは英国で許可されている大麻成分CBDではなく、規制薬物となっている大麻草そのものを販売するオンラインショップです。商品の多くは乾燥バッズと呼ばれる大麻の花芽を乾燥させたもので、大麻をタバコのように巻いた状態で販売するプリロール製品も扱っています。会社は大麻の個人消費が合法となっている米国ワシントン州で登録されており、グレーゾーンとはいえ「合法」の会社です。
ニュースで大きく取り上げられた現在、ウェブサイトでは商品は全て「品切れ」となっており購入することはできません。しかし商品ページには誰が栽培したか、香りや風味、そして「鎮痛向け」「ストレス解消」「抗うつ向け」など効能が詳しく記され、オンライン注文するとアルミパウチに入った大麻が自宅に配達されるという仕組み。ライブ チャットの顧客サポートを受けることができ、公正な価格が特徴です。
報道によると、広告が掲載されてから1 週間の売り上げは約5万ポンド(約828万円)。利用者の「すぐに届いた」「嘘だと思ったが本物だった」というコメントがオンライン上で拡散し、消費者レビューサイトTrustpilot では100 件を超えるレビューが寄せられ、5つ星中 4.7 つ星の高評価が付けられています。
ディスペンサルーのチームは、自分たちの素性について明らかにしていませんが、メディアの取材に応え「私たちは政府の大麻弾圧をくつがえすことを目指す大麻サポーター集団です。英国における大麻合法化を推進する使命を負っています」とコメントしました。彼らは無許可広告をロンドン市内各地に一気に張り巡らせらせるために、多くの人をアルバイトで雇用しています。
「医療が無料」の国で、なぜ危険を犯すのか
大麻に含まれる成分の中で医療効果の高いCBD(カンナビジオール)の普及を目指す英国大麻産業評議会(CIC)のメンバーで、大麻推進派のピーター・レイノルズ氏は「英国政府が毎年5億ポンドを費やし大麻を規制しても、このようなウェブサイトが成立するということは、政府が何も達成していないことを証明している」とコメントしています。
英国では2018年に医療大麻が合法化されてはいるものの、厳しい規制があり実際に合法的な大麻医療を受けることができるのはごく一部の人に限られています。そして病気に苦しむ多くの人が非合法マーケットで大麻を入手しているという矛盾した状態が続いています。
英国ではすべての国民が無料で医療を受けられるNHSと呼ばれるシステムがあります。どうして危険を犯してまで闇マーケットで医療大麻を手に入れる必要があるのでしょうか。
これは医療機関で大麻治療が受けにくいことに加え、従来の医薬品では抑えることができない病気の症状を大麻が緩和してくれるメリットがあるためです。
医療大麻を利用する人の多くが、重度のてんかんや多発性硬化症、がんといった難病を抱えています。従来の薬では抑えにくい症状が大麻で劇的に抑えられるケースが多いことが知られるようになり、様々な研究が進められているもののまだ普及には至っておらず、闇マーケットで流通する大麻に頼らざるを得ないのです。
合法化前のカナダに似た動き

成人の大麻使用を合法化したカナダでも、合法化までには様々なキャンペーンが行われ、今回のようなゲリラ的プロモーション行為が行われていたといいます。
英国では保守党政権が続いており、大麻合法化にはやや消極的です。一方で労働党から誕生したロンドン市長のサディク・カーンは大麻に対する薬物法の有効性を調査するために米国カリフォルニア州(※)を訪れ、ディスペンサリーや大麻栽培施設を視察しており、LA市警の代表者、政策とヘルスケア専門家、政策者と話し合い大麻に対するアプローチについて調査を行うなど独自の動きを見せています。
英国で2018年に医療大麻が合法されてから約4年が経ちました。嗜好用大麻の合法化にはまだ時間がかかりそうですが、今回のニュースは、英国における大麻の巨大な需要を表しているといえるでしょう。
※カリフォルニア州は1996 年に医療大麻を全杯に先駆けて合法化し、2018年には21才以上の成人に限り、レクリエーション目的での大麻の購入も合法化されています。
<参考文献>