巨大多国籍タバコ企業がドイツの大麻スタートアップ買収を検討しているというニュースが報じられました。タバコの値上がりや嫌煙ブーム、そして大麻合法化の流れを背景に大手がいよいよタバコ以外の道に乗り出す準備を始めています。
大手タバコメーカーが大麻会社を買収へ?
「健康に悪いから」とタバコやお酒を控たりやめる人が増えている一方で、世界的な合法化の流れを受けて大麻の抽出成分に関心を持つ人が増えています。麻薬のイメージが強かった大麻が「ウェルネスに役立つ薬用ハーブ」といった感覚に認識が変わりつつあるのです。
大麻には様々な成分が含まれており、使い方によっては難病治療や健康サポートに役立つ物質も数多く見つかっています。この高い医療効果を生かすため医療大麻が解禁される国が増えていることからも、大きく注目されているといって良いでしょう。
大麻は喫煙して摂取されることの多い植物ですが、ラッキーストライクなどの有名たばこで知られる巨大企業の1つ「ブリティッシュ・アメリカン・タバコ」が2022年9月にドイツの大麻企業「サニティ・グループ」の買収を検討しているというニュースが広まり「いよいよ大手タバコ会社が動き出した」と業界で話題になりました。ブリティッシュ・アメリカン・タバコでは報道前にもすでに同グループの非支配少数株を取得しており、今回の報道は新たな時代の流れを反映したものと見ることができます。
喫煙カルチャーの変化
タバコはかつて男らしさや格好良さの象徴として扱われていましたが、このような風潮はすでに過去のものとなっています。米国人の83% が喫煙は「非常に有害」であると考えており、2022年8月発表のギャラップ調査(※)では、米国人の喫煙率は1950 年代半ばの最高値45%から低下を続け、現在は11%と史上最低を記録しています。そして非喫煙者の10 人に 3 人が、かつて喫煙者だったことも分かっています。
一方「現在大麻を吸っている」と回答した米国人はたばこ喫煙率を上回る全体の16%。そして48% が「過去に大麻を試したことがある」と回答しています。このような消費者の傾向や意識の変化は、大麻が合法化される州が増えるにつれて着々と変化を続けています。
※ギャラップ調査=米国の世論調査会社ギャラップ(Gallup)によって行われる調査のこと。米国で最も規模が大きく、権威があるとされています。
なぜドイツに投資するの?
巨大企業がドイツに注目しているのは、ドイツが欧州最大の経済大国であるだけでなく、現在、娯楽用大麻の合法化に本格的に向かっていることが背景にあります。
2022年前半にはクリスティアン・リンドナー独財務相がツイッター上で嗜好用大麻の合法化プロセスが始まったことをコメントし、大きくニュースに取り上げられました。これに合わせてたばこ業界は売上げ低迷から復活を図るため、急成長中の大麻市場にすでに照準を合わせているのです。ヨーロッパの大麻市場は5〜7 億人以上2028 年までに 1,000 億ユーロを超えると推定されています。そしてブリティッシュ・アメリカン・タバコといった大手企業は大麻製品を大量生産するためのインフラがあり、新しい技術や経験豊富な人材に投資するための資金も持っています。
サニティ・グループに投資しているのはブリティッシュ・アメリカン・タバコだけではありません。米ラッパーのスヌープ・ドッグが共同設立した大麻産業専門の投資ファンド「カーサ・ヴェルデ・キャピタル(Casa Verde Capital)」もサニティ・グループ に焦点を合わせた投資を行ったというニュースが報じられています。
サニティ・グループはどんな会社?
大手も注目するサニティ・グループ とはどのような会社なのでしょうか。サニティ・グループ は大麻ベースの医薬品・医療製品・消費財などの開発と販売を目的に、2018 年にベルリンで設立されたスタートアップ企業です。前述のカーサ・ヴェルデのほかにも同社をサポートする投資家は多く、有名人ではミュージシャンの ウィル・アイ・アムや女優で慈善活動家のアリッサ・ミラノ、サッカー選手のマリオ・ゲッツェなどが投資を行っています。
サニティは大麻製薬会社Vayamed を設立し薬用・医療用大麻製薬を開発しています。また医療用大麻市場向けの革新的な技術の開発と適用に重点を置くBelfry Medical では、医療機器やデジタルヘルス・アプリケーションを開発。また「VAAY」「This Place. 」ブランドでは欧州で人気の高いCBD配合サプリやコスメを製造・販売し、サブスクリプション・サービスを行うなど多角的なビジネスを展開しています。
合法化のメリット・デメリット
医療大麻が受け入れられ着実にヨーロッパ全体に広まっている現在、嗜好用大麻の分野でもいち早く合法化に乗り出しているスイスやドイツは大麻ビジネスのホットスポットです。非精神活性の大麻成分CBDの人気はすでに欧州全体で爆発しており、嗜好用大麻も合法化しようという声も高まりつつあります。
2022年4月に英国のコンサルタント会社ハンウェイが発表したレポートによると、ヨーロッパ人の55%が娯楽用大麻の合法化を支持しており、30%近くが試してみたいと考えているといいます。
大麻使用については賛否両論があり常に議論が行われていますが、合法化によってどんなメリットやデメリットが予測されるでしょうか。
<賛成派による大麻合法化のメリット>
人々が医療大麻の恩恵を受けることができる
税収が増加する
関連ビジネスの活性による経済発展・雇用の増大
犯罪の減少・刑事司法支出が減る
警察が重大犯罪により集中できる
製品の安全性が高まる
大麻成分の効き目(THCの含有量など)を規制できる
エコ事業に生かすことができる
<反対派による合法化のデメリット>
ハードドラッグ使用の入り口になる危険性がある
依存者・中毒者の増加
犯罪の増加
未成年が手を出す心配がある
若者の教育レベルの低下
大麻使用下での運転が増え、交通事故が増加
いずれも納得できる意見ですが、実際に合法化が行われたアメリカの州でのデータによると、合法化により大麻使用者は確実に増加したものの、それに伴って犯罪が増えたり若者教育レベルが急に下がったという傾向はなく、意外にもほとんどのデータが横ばい状態という結果になりました。
長期的でより正確なデータが出るまではまだ時間がかかりますが、健康メリットやビジネスチャンスを考え、見切り発車で先手を打つべしと考える企業も多いようです。
まとめ
本稿ではタバコ業界が大麻市場に進出中というニュースをご紹介しました。
2016 年にはタバコ大手のフィリップ・モリス・インターナショナルがイスラエルの企業 Syqe Medical に大型投資を行い、大麻を顆粒に変え、摂取量をコントロールするできる医療大麻用の吸引器を開発しています。
たばこ業界が大麻を扱うという図式はセンセーショナルですが、タバコが敬遠され、ニコチンやタールのない加熱式の電子タバコ(ベイプ)が普及している現状を観察すれば、自然な流れなのかもしれません。
<参考文献>
https://sanitygroup.com/en/home/