英国の名門大学キングスカレッジ・ロンドンが、大麻とメンタルヘルスの関係を探る大型研究をスタートしました。がんやコロナ、PTSD患者へのポジティブ効果などがすでに報告されている大麻ですが、こころの病の治療に生かしていくことはできるのでしょうか。
名門大学がいよいよ乗り出した
英国のトップ 10 大学の 1 つにランクされているキングスカレッジ・ロンドン。中でも特に医学、看護学などの医療分野で非常に評価が高いことで知られています。このキングス カレッジ ロンドンが2022年9月、大麻とメンタルヘルスに及ぼす影響を調べる研究を開始すると発表し話題を呼んでいます。
大麻使用によるメンタルヘルスと認知への悪影響のリスクは、使用される大麻の種類に左右されることが多く人体と大麻草、両サイドについての詳細なデータが必要になっています。
英医学研究評議会は、大麻の人間の脳への影響を研究する研究プロジェクト Cannabis & Me(カンナビス &ミー) に 250 万ポンド以上の資金を割り当て、大麻ベースの研究に長らく関わってきた医学研究評議会(MRC=Medical Research Council)のマルタ・ディ・フォルティ博士がリサーチを主導します。
フォルティ博士は精神病性障害の専門家で、2014 年にMRC 臨床シニア フェローシップを取得し、大麻の使用と精神病性障害の間の因果関係の研究を長年にわたって進めてきた医学者です。彼女の「大麻の使用と精神病性障害との因果関係」に焦点を当てた 数多くの研究の多くは世界中のメディアや政治家によって広く引用されています。
また彼女の研究は2019 年に英国で精神病患者のための初の大麻クリニックが開発されるために有効な証拠を提供したとされています。
医療大麻をより安全で使いやすく
英国では2018年に医療大麻が合法化されたものの、実際には治療を受けられるはあまり多くありません。英国政府では大麻の「副作用に関するデータが少ない」ということや「医師のトレーニング不足 」を理由に大麻医療普及を足踏みしているという現状があり、今回の研究は大麻を安全に処方する素地づくりの大切な一歩になると言われています。
ビジネス優先という側面もあるのか、医療用・嗜好用ともに大麻合法化にかなり積極的な米国と比べ、英国は「個人責任で」という名目である程度は大麻を容認しているものの、安全面から合法化については比較的慎重です。
2020 年に承認されたこのプロジェクトでは、コロナ・パンデミックの影響で2022年まで開始が遅れましたが、今秋から 5年間にわたって実施され、初期結果は 2023 年または 2024 年初頭に発表される予定です。
研究ではまずロンドン地域に住む 18 歳〜45 歳の、現在、精神病性障害の診断や治療を受けていない 6,000 人の参加者を対象にしたスクリーニングが行われます。どのような内容なのかを以下で見ていきましょう。
パート1:オンライン調査
最初の調査ではコンピュータ、スマートフォン、タブレットを使用して、参加者がオンラインで約40分をかけて様々な質問に答えていきます。これは大麻を過去に1、2回使用したことがある人から、現在も毎日使用している人まで様々な状況の人が含まれます。大麻を使用したときに感じた影響だけでなく、ふだんの精神状態や過去のトラウマや病気の有無、他のドラッグの使用歴といったかなりプライベートな部分にまで切り込んでいきます。
ここではポジティブまたはネガティブな状況や社会的状況と大麻がどのように関連するかがまず大まかに調査されます。
パート 2: 対面インタビュー
次の段階ではオンライン調査に回答した人々の中から選ばれた人々が、ロンドン南部にあるキングス カレッジの精神医学心理学および神経科学研究所に招かれ対面インタビューが行われます。
ここではより詳細なインタビューに加え、仮想現実 (VR) を使った実験や血液サンプル採取など、特定の状況に対する参加者の生理学的反応を測定するためにも使用されます。また過去の経験 (外傷、逆境) に沿った「エピジェネティック(※) プロファイリング」も行われます。
※ エピジェネティック(後成遺伝学)=遺伝子の働きを制御する仕組みを研究する学問。「DNAのスイッチ」と呼ばれることもある。
大麻の持つパワーを有効に活かす
精神病性障害を持つ人は、品種改良された精神作用のあるTHC(テトラヒドロカンナビノール)効力の強い大麻を使用すると精神疾患リスクが高まるという学説がありますが、同じ大麻に含まれる成分CBD(カンナビジオール)は、総合失調症や自閉症スペクトラム障害(ASD ) を持つ人々の生活を改善するという研究結果が出ています。
大麻成分は麻薬的効果をもたらす一方で、使い方によっては精神疾患だけでなく、多発性硬化症やてんかん、がんなどフィジカルな痛みを伴う難病を治癒したり、辛い症状を改善させる力も秘めています。
大麻は決して「良い・悪い」「合法・非合法」で二極的に論じられるものではなく、優れた点を見つけ出し有効に利用し、副作用を抑えるための研究や処方が必要です。また大麻治療だけでなく心の病を早期発見できるシステムを作り、優れたメンタルヘルスサービスを誰にでも気軽に利用できるようにすることも、人々の健康と・国家の医療費の削減のために重大な課題です。
パンデミックの影響で精神疾患が増加していることも含め、メンタルウェルネスを高めていくことは社会全体の責任となっています。 今回の研究で培ったノウハウが未来の大麻医療にどのような影響を及ぼしていくのか、期待が高まります。
<参考資料>
https://www.bbc.co.uk/news/articles/cv25ex5e30lo
https://www.thelancet.com/journals/lanpsy/article/PIIS2215-0366(14)00117-5/fulltext