大麻を吸った人がたわいもないことで笑い出したり、被害妄想やパニックを起こしたりと普段とずいぶん違う精神状態になるシーンを映画などで見たことがある人も多いと思います。大麻は精神にどんな作用をもたらすのでしょうか。
笑いとは何か
笑いは人間だけの専売特許と思いきや、最近の研究によると類人猿やネズミなど様々な動物が笑うことがわかっています。一説によると、人間以外にも65種類の動物が笑うのだとか。笑いは私たちの奥深くから噴出し感情を表現する現象です。そして仲間と非言語コミュニケーションを行う大切なツールになっているといいます。
また笑いは感情をリリースし、エンドルフィンやドーパミンといった幸せホルモンを増加させ、心身をリラックスさせ精神に良い影響をもたらすと言われています。ほかにも心臓や肺回りなど体内の筋肉が刺激されることで脈拍や血圧が安定する効果も。「笑いは百薬の長」という言葉がある通り、よく笑うことは免疫機能の向上やうつ病の防止にもつながるのです。
大麻を吸うとなぜ笑ってしまうのか
大麻と笑いの関係を調べた研究は実はそれほど多くありません。大麻には精神作用をもたらすTHC(テトラヒドロカンナビノール)という成分が含まれていますが、これが心理状態に影響を与え、普段では見られないような笑いの発作を引き起こすというのが定説です。
大麻成分の多くは私たちの体内にあるエンドカンナビノイドシステムというバランス調整システムに働きかけます。 私たちは大麻の生理活性成分に対応する受容体を備えており、THCはこの受容体と結びついた結果、陶酔感や幸福感などが生まれ、笑いにつながるとされています。
薬剤師で大麻科学の専門家、コーディ・ピーターソン(Codi Peterson) 博士は、THC特定のエンドルフィン受容体が、痛みなどの不快な感覚(痛みの情動面)のコントロールを行う内因性オピオイド系をより敏感にして笑いが起こると解説しています。このためTHC含有量の多い大麻は幸福感といった気分を増加させやすく(=笑いやすくなる可能性)があり、嗜好品として大麻が喫煙される場合、一般的にこの精神作用を持つTHCの含有量が高い品種が好まれることが多いというのです。
<THCの主な効果>
精神活性作用、鎮痛、吐き気やけいれんの抑制、食欲増進作用
ほかにも大麻には植物由来の精油に含まれる成分テルペンが含まれており、これらがリラクゼーションと笑いを促進するという意見もあります。大麻に含まれるテルペンには、リナロールやベータピネンなどの抗うつ特性があるもの、カリオフィレンやミルセンなどの他のストレス緩和作用のあるものが含まれ、気分を高めたり、軽薄な気分にさせる働きがあるのです。
<笑いやリラックスに関与しているとされるテルペン >
リナロール>ラベンダーや柑橘類にも含まれるテルペン 。鎮痛・抗不安作用、殺菌作用などがある。
ベータピネン>様々な植物に含まれるテルペン 。リラックス・ストレス抑制・抗菌作用などがある。
カリオフィレン>丁子(クローブ)などの香辛料にも含まれる。免疫系を落ち着かせ、痛みの信号を遮断するといった効果がある。
ミルセン>ラベンダーなどのベースとなるテルペン 。鎮静・鎮痛・抗炎症作用などを持つ。
不安やパニックも引き起こす大麻
THCは量が多すぎると反対に不安やパニック状態、パラノイアを引き起こす場合もあります。パラノイアとは、他人が自分に危害を加えようとしているという根拠のない信念を抱いてしまう精神状態、つまり被害妄想のことです。
パラノイアは精神病や統合失調症といった精神病の一般的な特徴でもありますが、精神疾患を患っていなくても一時的に同じような症状を経験することがあります。
パラノイアの症状には次のようなものがあります。
他人を信用できない
リラックスできない
他者の敵意や攻撃におびえ過度に警戒する
外部の力によってコントロールされていると感じる
他人の行動に隠された意味を見つけてしまう
健康な人でも時に妄想的な考えを抱くのは当たり前のことですが、その人が孤立や貧困の状態にあったり、自尊心が低かったり、睡眠不足で疲労している、健康状態が悪い、トラウマ経験者といった場合はパラノイアを引き起こす傾向が強まる可能性があります。
2014 年、英国のオックスフォード大学やキングスカレッジの研究者によって行われた実験では、大麻とパラノイアにはTHC が妄想的性質をもつ個人の妄想を誘発する可能性があることを明確に示しました。121人のボランティアを対象としたこの研究では、プラセボを受けたボランティアの 30% と比較して、THC を与えられたボランティアの 50% が妄想を経験しました。
なぜ様々な精神作用を起こすのか
THCは物事のへの感じ方を普段と変える作用があるため、笑ったり不安になったりいつもと違う精神状態を経験するという仮説が立てられています。
これらの異常には、味や皮膚感覚、聴覚など五感の強度の変化、歪んだ感覚経験、異常な感覚経験、思考の反すう、幻覚などが含まれる場合があります。つまり大麻を服用した後、ランダムな出来事を急に重要視したり、ものごとを誤解釈する可能性が高くなります。これは些細なことでもおかしくなってしまうというポジティブな精神状態だけでなく、 恐怖や怒りなどの否定的な感情についても増幅される可能性が高いことを示しています。 これらがパニックや大笑いなど様々な反応を引き起こす仕組みです。
THC はマリファナと呼ばれることの多い嗜好用大麻に含まれる主要な精神活性成分であり、多幸感をもたらします。連邦麻薬取締局によって押収された大麻サンプルの分析によると、THC 含有量は1995 年から 2014 年の間に 4% から12%に増加し (ElSohly et al., 2016)、現在では平均含有量 19%まで上昇していることが示されました。また米国で流通している「ダビング」と呼ばれる強力な大麻濃縮物の中には、THC 含有量が80% を超えるものも出回っています。これらはより速くて強い「ハイ」を引き起こす一方で、健康に深刻な影響を及ぼす危険があります。
大麻の精神作用はその人の性格や体質、環境に左右されるため、現在のところ、その精神作用を完全にコントロールすることは不可能です。これが多くの国でTHCの量が規制されたり、違法になっている大きな理由なのです。
トラウマを改善する効果も
一方、このTHC(テトラヒドロカンナビノール)を低量摂取することで、PTSD患者の状態が大きく改善することもわかっています。
PTSD=:心的外傷後ストレス障害とは、死の危険に直面した後で、その恐ろしい記憶が自分の意志とは関係なくフラッシュバックのように蘇ったり、悪夢に悩まされたり、不安や緊張が高まったり、現実感が薄れてしまうような状態のことを指します。
これは戦争や暴力事件の被害者出なくとも、ごく一般の人にも起こることがあり、精神医療においてはよくある病気のひとつであると言われています。
PTSD患者は悪夢、パニック発作、過剰な警戒、自己破壊的な行動、他人との関係がうまく築けないといった問題を抱えることが多く、精神的に衰弱状態にあります。場合によっては、自殺につながることさえあります。
ミシガン州デトロイトにあるウェイン州立大学の研究では、低用量のTHCがPTSDなどのトラウマ関連を抱える人々の扁桃体のネガティブな反応を低下させ、不安を軽減する可能性があることが分かりました。
扁桃体(amygdala)は脳の側頭葉の内側に左右対称に位置している、15~20mm程度のアーモンド型の神経細胞の集まりのことです。情動・感情の反応の処理と、特に不安や緊張、恐怖反応において重要な役割も担っていて、うつ病や不安障害、PTSDといった精神疾患を抱える人は、この扁桃体の活動が過剰になっているといいます。
CBDがパラノイアの発生を抑える
このようにポジティブ感情だけでなくネガティブ感情も増幅してしまうことがあるTHCですが、同じく大麻に含まれるCBD(カンナビジオール)と組み合わせると、このマイナス作用を和らげることができるという説があります。
ブラジルのパラナ連邦大学の研究では、低用量のTHC と CBD と組み合わせると、辛い記憶の消去率を高め、全体的な不安反応を軽減することができたと発表しています。
別の研究ではCBDとTHCが優勢な大麻品種の効果を比較し、CBD含有量の多い品種が緊張と不安を速やかに軽減することが分かりました。一方で、THC優勢株では使用直後にユーザーのパラノイアが急増し、その影響は1時間後に治まったとされています。
まとめ
大麻市場が成長するにつれて、安全で効果的に大麻や大麻製品を利用するために、THCとCBDの影響に関する詳細な研究がますます必要になっています。
同じ植物に含まれる化合物がパラノイアを悪化させたり緩和するという相反する作用を持っているのは、非常に興味深い現象だといえます。「禁止されているから」もしくは「大麻はなんだか凄そうだ」と、正確な知識を得ないまま大麻について誤解したり誤って使用してしまうことのないよう、情報をアップデートしていきましょう。
<参考資料>
https://www.leafly.com/news/health/why-does-weed-give-you-the-giggles
https://www.nature.com/articles/s41598-021-01128-2
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/32842985/
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4332941/