欧州議会は2021年11月、産業大麻に含まれる成分THCのレベルを0.2%から0.3%への引き上げを承認しました。これは農家と私たちにとって、どのような意味があるのでしょうか。
マルチに利用できる作物ヘンプ
私たちが思っている以上に様々な用途に使われている麻科の植物。紀元前8000年頃の古代メソポタミアでも、織物用の材料として麻が栽培されてきました。また大麻は古くから健康を整えたり、精神を高揚させたりする効果があることが知られ、神秘的な薬として宗教行事の場や、薬草としても使われてきた歴史があります。現在ではこれらの成分に関する研究が進み、大麻には数百種の化学物質が含まれていることがわかっており、その成分の解読も進んでいます。
大麻=ヘンプは現在、繊維利用のほかにも建材、代替木材、繊維、化粧品、家畜やペット飼料、食品、サプリメントなど様々な用途に使われています。また技術の進歩により、近年では麻の繊維を加工し強度の高い生分解性プラスチックや環境に優しい麻コンクリート「ヘンプクリート 」にも注目が集まっています。産業用作物としての大麻は、非常に丈夫で成長も早く、多目的利用が可能で、コンスタントに収穫を見込めるというのが三大メリットです。また環境への負荷が少なく、サステナビリティの点からも優秀です。
欧州でも大麻使用への緩和が進んでいる
大麻に含まれる成分の中で、よく知られているのはCBDとTHCの2つです。CBDはカンナビジオールの略で、体の炎症を抑えたり精神をリラックスさせたりするほか、痛みを緩和する作用があることから、医療やウェルネス分野で非常に注目が集まっている成分です。
もう一つのTHC(テトラヒドロカンナビノール)にも、様々な薬理効果が見つかっています。中でも精神を高揚させる効果が最も知られており、古くから薬や嗜好品としても親しまれてきました。
どちらの成分も医療界でも利用され非常に興味深い成分ですが、THCに関しては国によって様々な規定があります。カナダやウルグアイ、メキシコのように全面的に解禁している場合もあれば(アルコールのように年齢制限などの規制はあり)、CBDは合法だがTHCは禁止という国、米国のように国内でも州によってルールが異なる場合もあります。
大麻に寛容というイメージのあるオランダも大麻使用は「非犯罪化」扱いで、厳密には合法ではありません。しかし欧州にも規制緩和の波は訪れており、地中海に位置するマルタが個人使用目的の大麻が合法化しルクセンブルクがこれに続き、スイス、ドイツなども同様の動きを見せており、大麻の規制緩和は大きな動きとなっているようです。
ヨーロッパ産の産業ヘンプはTHCレベルが低めだった
欧州では北米大陸ほど解禁は進んでいないものの、医療用大麻を承認している国は増え続けています。ヘンプを栽培している農家も多いのですが、国ごとにヘンプ使用の関するルールが異なるため、欧州全体では流通をスムーズに行うため向精神作用を持つTHCのレベルを規制以内の0.2%未満で保つことが求められてきました。
嗜好用大麻のTHC含有量が15~40%であることと比較すると、産業大麻に含まれるTHCはごく微量です。
EU(欧州連合)の主要機関の1つ欧州議会では2021年11月に入り、このTHCレベルを米国と同じレベルの0.3%に引き上げる決断を下しました。
これは2023年に発効する新しい共通農業政策(common agricultural policy =CAP)改革の措置の一部です。 たった0.1%の増加ですが、これはヨーロッパの麻産業にとって大きな意味があります。
より多くの品種が栽培できるように
EUの大麻種子カタログには約69種類の産業ヘンプがリストアップされています。しかしTHCレベル規制の上限を0.3%に引き上げることで、ヨーロッパのヘンプ農家はこれまで栽培できなかった500以上のヘンプ品種を栽培できるようになります。
またEUカタログに登録されているTHCレベル最大0.3%の大麻品種を使用する場合、農家はEU補助金を受け取ることができる仕組みになっています。
つまり農家は規制緩和によってアクセスできる品種が増え、経済的援助も受けられるということ。また今回の改革では、EUは暗黙に「微量のTHCは消費者にもたらす影響はない」と認めたという解釈することができます。
もちろん、国内で流通する産業ヘンプに関してはこの限りではなく、スイスとオーストラリアでは、THCレベル1%までの大麻品種を栽培することが許可されています。イタリアは0.6%となっており、チェコ共和国は2022年よりTHCレベルを1%まで引き上げました。
ヘンプの特性
アサ科の一年草である大麻草=ヘンプは違法薬物としてとらえられることも多いですが、古代から病気の治療や神事、生活用品などに使われ、日本でも繊維や油糧作物として栽培が奨励されてきました。米国でも大麻栽培は盛んでしたが、1937年に移民への偏見や禁酒法が廃止されたことを背景にマリファナ課税法が可決され、大麻の栽培・生産が禁止されることになりました。
現在その流れが覆りつつあるのは、大麻への偏見が薄れたこともありますが、大麻が秘めた医療効果が発見されるにつれ、人や国がビジネスチャンスを見出したこと、そして大麻が環境にダメージを与えにくいサステナブルな植物であることなどが挙げられます。
大麻は紙やプラスチック、バイオ燃料の原料になるなど産業利用の幅が広く、収穫まで3ヶ月程度と成長が早く、石油のように枯渇してしまう心配がありません。
次のステップは?
規制レベルの引き上げは2023年1月に発効しましたが、今後欧州でどのような規制の変化が起こるのか気になるところです。市場調査では1%のレベルに引き上げるまでに5年かかると見られています。
しかしまだ課題はたくさん。もともとサステナブル作物として再評価されてきた作物ですから、より良い未来のためには、THC規制のほかにも農薬や肥料の規制、オーガニック認定など、環境への負荷を抑えつつ誰もが安心して使うことのできる作物にしていく必要があるのです。
<参考資料>
フォーブス
https://www.forbes.com/sites/dariosabaghi/2021/12/14/european-union-increases-thc-level-for-industrial-hemp-why-does-it-matter/?sh=1446401f128b
チェコ共和国
https://www.kinstellar.com/insights/detail/1529/new-rules-for-the-cultivation-and-export-of-medical-cannabis-and-increased-limits-for-thc-concentrations-in-industrial-hemp-in-the-czech-republic