欧米で大麻が普及しつつある昨今、酒気帯び運転だけでなく大麻摂取後の運転を規制する必要が高まっています。米国UCLA では現在、アルコール検知器を応用した新しいTHC検出デバイスを開発中です。
吸ったら乗ってはいけない理由
「飲んだら乗るな」の言葉の通り、飲酒運転が危険なことはよく知られています。これはアルコールの作用によって知覚や判断能力が低下し、判断を誤まったり、危険の察知が遅れたり、気が大きくなってスピードを上げすぎたりなど運転に様々な支障が出るためです。
医療用や嗜好用大麻の利用がポピュラーになってきた北米では、飲酒だけでなく大麻摂取後の運転も問題視されています。大麻の中には様々な生理活性成分が含まれており、中には運転に悪影響を及ぼす成分も含まれているからです。
最も大きな影響を及ぼすのは精神活性作用のあるTHC(テトラヒドロカンナビノール)です。THCは摂取すると多幸感(いわゆる「ハイ」の感覚)を覚えたり、強い鎮静作用をもたらします。その効果を利用することで医療に生かすこともできますが、車の運転においてはその精神作用がマイナスに働き、アルコールと同じように知覚能力を鈍らせたり判断を誤らせる可能性が高くなります。
「息を吹きかけるだけ」の大麻検査
このような状況下、カリフォルニア大学ロサンゼルス校=UCLAのニール・ガーグ教授(Neil Garg) とスタートアップ企業の エレクトラテクト(ElectraTect)が提携し、アルコール検知器の仕組みを応用したTHC検出デバイスを開発しています。
アルコール測定器は、息を吹きかけるだけで体内の残留アルコール濃度を数値化することができます。これは体内に吸収されたアルコールは肝臓で分解され、分解しきれなかったアルコールが血中に入り、肺に巡ったアルコールの一部が呼気として体外にも排出されるため。つまり呼気中に含まれたアルコールを見つけることができるのです。
2020年、ガーグ教授 と UCLA の博士研究員であるエヴァン・ダージ氏は、THC 分子から水素分子を除去すると検出可能な形で色が変化することを発見しました。
THCの化学構造にはフェノールと呼ばれる物質が含まれています。このフェノールを酸化すると、キノンと呼ばれる有機化合物が生成されます。THC とキノンは異なる方法で光を吸収します。電気を使って酸化を行うことで、THC の電気化学反応を確認することができるようになるのです。
このプロセスは、水素の損失によってエタノールを有機化合物に変換するアルコール測定器の仕組みとよく似ています。ガーグ教授は次の大きなステップとして沢山のテストを繰り返し、偽陽性が出てしまうミスを回避することを目標にしています。つまり大麻を喫煙し「すぐ運転した場合」と「4 ~ 5 時間前に喫煙した場合」、または「他の方法で消費した場合」の違いを明確に知ることができるようにし、検査結果を正確にするのです。
エレクトラテクト(ElectraTect)の特許技術は交通安全を守るだけでなく、大麻の取締りをより公平にしてくれる可能性があります。THC検出のために現在行われている尿検査や血液検査は路上での実施が難しいことはもちろん、いつ大麻を摂取したのかが正確にわからないため、運転するべきではない「大麻帯びドライバー」を特定するのに役立つとは限りません。また不当な検査結果のせいで罰金を科されたり、有罪判決、失業などのペナルティを受ける人たちを減らすことができます。
市販化されるのはもう少し先の話ですが、この技術を使って交通安全を守るだけでなく、機械を操作する工場などの職場や、安全のため正確で偏りのない薬物検査が必要なシーンで使用できる可能性があります。
CBDは運転に影響を及ぼさない
ここまで大麻成分THCについて取り上げてきましたが、健康サプリメント等に広く使われているもう1つの大麻成分CBD(カンナビジオール)はどうでしょうか。
CBDは飲酒やTHCと異なり酩酊状態を引き起こす効果はなく、1日あたりの最大摂取量1500mgを摂取しても運転能力や認知能力には影響を与えないことが豪シドニー大学の研究で分かっています。同じ大麻成分でもCBDサプリなどを摂取した後の運転に規制がないのはこのためです。
とはいえサプリでなはく大麻そのものを喫煙する場合、CBDだけでなくTHCも一緒に摂取することになります。また海外ではCBDサプリメントの中にはTHCがブレンドされている場合がよくあります。CBDサプリメント服用前には成分を確認し、不安な場合は、運転前の服用は見合わせたほうが賢明でしょう。
まとめ
大麻が合法化されているカナダで、アルバータ州とオンタリオ州を対象に交通事故救急部門のデータを分析したところ、大麻合法化によって交通事故が急増する傾向は見られなかったといいます。研究を行ったノーザン・ブリティッシュ・コロンビア大学(UNBC) では、大麻合法化と同時に、政府が当時の飲酒・薬物使用時の運転の罰則を厳しくしたことが影響を与えたのではないかと考察しています。しかしオンタリオ警察では薬物帯び運転の検挙件数自体はこの2年で126%の増加しており、衝突事故も増えているというデータもあります。
大麻帯び運転をチェックするデバイス導入も安全に一役買ってくれそうですが、個人の節度ある行動がとても大切。「自由には責任が伴う」という心理学者フロイトの言葉がありますが、お酒やタバコ、大麻からジャンクフードまで、嗜好品を「自由」に楽しむためには個人の「責任ある行動」も求められているのです。
<参考文献>
https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acs.orglett.2c02289
https://newsroom.ucla.edu/releases/ucla-chemistry-marijuana-breathalyzer
https://newsroom.ucla.edu/releases/step-toward-a-marijuana-breath-analyzer
https://www.publicsafety.gc.ca/cnt/rsrcs/pblctns/2021-did-fad/index-en.aspx