海外では就職活動の際に薬物検査が行われることがあります。2016年に大麻合法化が行われた米カリフォルニアでは、今なお続くこのテストを人種と階級差別を増長する「悪習」として、撤廃しようとする動きが進行中です。
価値観シフトが起きている米国
大麻の規制緩和が進む米国。2012年11月に、ワシントン州とコロラド州が娯楽目的での嗜好用大麻が全米で初めて合法化されたのを皮切りに、2022年8月現在ですでに50州あるうち18の州とコロンビア特別区(首都ワシントン)で大麻が解禁されています。
国民意識も変化しており、世論調査ギャラップ社による調査結果が示すように、2020年には68%がマリファナの合法化を支持しています。また年代別でも15歳〜29歳の79%をトップに、65歳以上でも合法化支持が55%に達しています。
死刑や中絶制度、安楽死、同性結婚、クローン家畜など、様々なトピックに対する米国人の道徳意識を探った調査でも、成人の70% がマリファナ喫煙を「道徳的に許容できる」と考えているとされ、合法化の動きとともに米国人の価値観が大きくシフトしていることが分かります。
就職時の壁となるドラッグ検査
このような変化が起こる一方で、海外では就職活動の際や自社の従業員に対し、スタッフ管理を目的に規制薬物の検査や大麻使用者かどうかを確かめるための検査が行われてきました。
人命をあずかる車両ドライバーや建設業者、大型車両や機械を運転する事業者など、厳しい安全対策が求められる業種では、薬物やアルコール検査は事故防止策として大切なことです。しかし2016年に大合法化が行われた米カリフォルニアでは、大麻の使用者をチェックする検査に関して、人種差別と階級差別を増長する「悪習」として、撤廃しようとする動きがあります。全米では長年にわたって多くの労働者がこの検査によって就職や就業を拒否されたり、解雇されています。
既存のカリフォルニア州法である公正雇用住宅法 (FEHA) においては、特定の分類を理由とする差別や嫌がらせを受けることなく、個人が雇用を求め保持する権利を保護しています。さらにさまざまな形態の雇用差別を禁止し、違法行為を主張する苦情を調査および起訴する権限を与えています。大麻検査をなくそうという運動はこれを一歩進め、時代の変化に合わせた流れといえるでしょう。
ちなみに日本国内において、従業員への薬物検査の明確な規定はありません。厚生労働省は『労働者の個人情報保護に関する行動指針』において、「労働者に対するアルコール検査及び薬物検査については、原則として、 特別な職業上の必要性があって、本人の明確な同意を得て行う場合を除き行ってはならない。」と明記しています。
安全のための例外もある
2022年8月末にカリフォルニア州上院で可決された議会法案 2188 では、これらの労働者の平等性の保護に加え、州の反差別法と公正雇用および住宅法を修正し、企業が業務外で大麻を使用し、検査で陽性と判定された従業員を処罰することを防ぐことができるようになります。職種によって条件は異なるため、全ての薬物スクリーニングテストを廃止されるわけではありません。 例えば米国軍では、合法化されサプリやドリンクに使われる精神作用のないCBD(カンナビジオール)においても、大麻関連製品の使用を固く禁じています。
「勤務時間外の飲酒が解雇や差別の原因とならないのと同じように、大麻使用で人を差別するのはおかしい」という声から生まれた修正案ですが、特定の職業に関しては安全性の最優先する必要があるようです。
法案はギャビン・ニューサム知事のデスクに送られ、9月末までに法案に署名するかどうかが決定されます。署名が行われた場合、法律は 2024 年 1 月 1 日より発効となります。
大麻検査は有効といえるのか
「安全性」という建前のもとに一部の職種に関して大麻検査はやむを得ないという事情も納得できます。しかし科学者の中には、現行する労働者向けの尿検査は精度が低く、科学的メリットはないと主張する人もいます。
またテストの結果が常に正確ではないということに加えて、倉庫や運輸業などで働く有色人種そして低所得・低スキルのブルーカラー労働者が多い米国中西部と南部で検査が多く行われている傾向があり、階級差別・人種差別につながるだけでなく、労働者差別を助長するだけだというのです。
仕事に影響を及ぼささないよう従業員に検査を求めるのであれば、体内に残留した大麻物質ではなく、検査時の状態でアクティブなTHCをスクリーニングできる精度の高い検査が必要になります。また雇用主は、従業員の就業中の大麻使用を禁止する権利がありますが、就業中の使用禁止ルールなどを規則として明文化するといった対応が必要になります。またランダムにテストを行う場合もスタッフの病歴やプライバシーを不当に侵害したりすることのないよう十分な配慮が必要です。
多様性の受け入れがカギ
大麻カルチャーで全米をリードするカリフォルニアでの労働法修正案は、大麻合法化が進む社会で人々を守る非常に重要な一歩です。現在の大麻ブームはウェルネスやエコなどポジティブなイメージがありますが、その一方で、米国における大麻は長年、黒人やヒスパニック系の人々を不当に取り締まるための道具になってきた歴史があり、人種差別のイメージとも強く結びついています。
1985年の英ブロードウォーター・ファーム暴動、1992年のロス暴動、2020年に起こったブラック・ライブズ・マター運動(略称「BLM」)に代表されるように、有色人種の一般人を白人警官が不当に暴力を振るい死にいたらしめるという事件は後を経ちません。
多様性を認めながら安全性とのバランスをとっていくことは、人々の幸福に大きく寄与します。
法の改正とともに、なかなか払拭できない差別問題が少しでも改善されることを願いたいものです。
<参考文献>
https://www.leafly.com/news/politics/california-marijuana-user-right-to-work-bill
ギャラップ社による世論調査①
https://news.gallup.com/poll/323582/support-legal-marijuana-inches-new-high.aspx
ギャラップ社による世論調査②
https://news.gallup.com/poll/312929/record-low-say-death-penalty-morally-acceptable.aspx