酵母菌の発酵プロセスを利用し、大麻草などに含まれる成分カンナビノイドを生合成する新技術が注目されています。どのようなメリットが期待できるのでしょうか。
グリーンラッシュ(大麻特需)にある背景
カンナビノイドは、生物によって生成される100を超える化合物の総称です。大麻由来の植物性カンナビノイドが広く知られていますが、私たちの体内でも神経伝達物質としての役割を果たす独自のカンナビノイド化合物が生成されており、「内因性カンナビノイド」と呼ばれています。これらの内因性カンナビノイドは私たちの身体が健康に活動していくのに欠かせない物質であると考えられています。
最も多くの人に知られているカンナビノイドは、大麻草に含まれる植物性カンナビノイドであるテトラヒドロカンナビノール(THC)と、カンナビジオール(CBD)でしょう。
これらの植物性カンナビノイドには使い方によって高い医療効果があることが分かっており、現在、カナダやアメリカなど大麻の合法化が進む国が増えています。これには現代人が多忙な生活の中で内因性カンナビノイドの欠乏症に陥っていることが多く、それを補う健康サプリとして植物性カンナビノイド、そしてビジネスの可能性が大注目されたことが背景にあります。現在の大麻ブームによりスタートアップが誕生したりバイオ企業も数多く参入したり、その活気からかつて米国カリフォルニアで人々が金脈を探し当てて一攫千金を狙った「ゴールドラッシュ」にちなんで「グリーンラッシュ(大麻特需)」と呼ばれることもあります。
現在、日本も含め広い地域で合法的に使用できるようになっているカンナビノイドの1つCBDには、体の炎症や痛みを抑えたり、精神を落ちつかせたり、不眠やストレス状態を改善する働きが知られています。またてんかんやがんなど困難な病気の症状緩和にも利用されています。
微生物発酵によって作り出されるカンナビノイド
カンナビノイドは長らく大麻植物から抽出されてきました。しかし人気が高まるにつれ生産量が急増し、栽培のための水や土地利用、電力消費の量も莫大な規模になりました。
このような事情を背景にカリフォルニア大学バークレー校の研究チームは、酵母を遺伝子操作し純粋なテトラヒドロカンナビノール(THC)やカンナビジオール(CBD)や、大麻草には含まれない新しい成分を、大麻草を使わず研究室内で生成させることに成功。2019年2月にその研究成果を学術雑誌「ネイチャー」で発表しました。これは大麻草の栽培や、カンナビノイドの抽出作業などの時間と手間を省いて直接カンナビノイドを作ることができる画期的なプロセスです。
ちなみに酵母を使って薬物を生合成する技術はこれが初めてではありません。共同研究者の1人で化学と生物分子工学の教授をつとめるジェイ・キースリングは、以前にも酵母を使って抗マラリア薬アルテミシニンを開発しており、今回のカンナビノイド生成も同様のプロセスを応用したといいます。その原理はビールやテキーラの醸造プロセスと原則的に同じ。糖分からアルコールを作る代わりに、カンナビノイドを作り出すよう酵母に遺伝子操作を行っています。
カンナビノイド製造と大麻生産を分けるという考え方
この方法はエネルギー消費の点から環境に優しいだけでなく、品質管理の面でもメリットがあります。今後技術が進み、100種類以上あるカンナビノイドの中からそれぞれ純粋な成分を生成することができれば、大麻抽出法のようにTHCが混入するといったトラブルなく、純粋な品質を保つことができるからです。
またカンナビノール(CBN)やカンナビゲロール(CBG)など、大麻に含まれる量が少ないが医療界での利用が期待される成分を量産することも可能になります。
麻はもともと大量の水や農薬を必要としない環境に優しい農業作物ですが、酵母から直接カンナビノイドを作り出すことができれば、土地と水の使用を減らすエネルギー必要量をさらに減らし、肥料や農薬を使わずにすみます。また、産業用大麻をヘンプコンクリートなどのサステナブル建材や植物性プラスチックなどの代替素材の生産に回し、薬品としてのカンナビノイドは生合成するといった使い分けも可能になるのです。
合成ドラッグとは成分が違う
合成カンナビノイドの中には危険な薬物も存在します。これらと発酵プロセスを経て作られたカンナビノイドはどのように違うのでしょうか。
実際に化学的に合成されたカンナビノイドの中には、「K2 /スパイス」と呼ばれる物質のように、大麻草の数十倍から数百倍という異常な量の向精神性物質THCが含まれている危険なドラッグも存在します。廉価で生産・入手できるためストリートドラッグとして普及しましたが、摂取すると失神したり発作を起こして救急搬入されたり、妄想にとらわれゾンビのような状態で徘徊するとなどのケースが報告されています。
これらのドラッグはマリファナの引き起こす向精神作用を模倣するように合成されており、さまざまな化学物質によって作られています。乾燥した植物にこのドラッグを噴霧して喫煙したり、喫煙用リキッドに混ぜて電子タバコやその他のデバイスで気化させたりして吸入します。これらを摂取した人々の多くが、精神の混乱や幻覚、急速な心拍数、さらには発作症状を経験することが報告されています。
これらのドラッグに含まれる成分はJWH-018、CP 47,497、HU-210、JWH-073などでいずれも強力な化学物質。他の非合法ドラッグと同じく、闇ルートで流通しており品質管理されていないため、どんな物質がどのくらい含まれているのか分からないという大きな危険があります。
合成カンナビノイドと生合成カンナビノイドの違い
一方の酵母発酵によって作られるカンナビノイドは「生合成カンナビノイド」「有機合成カンナビノイド」「発酵カンナビノイド」と呼ばれることが多く、その原理は酒類の醸造プロセスと原理的には同じです。糖分を分解しアルコールが生成される代わりに、カンナビノイドを作り出すよう酵母に遺伝子操作を加えています。
この生合成プロセスでは、まず単糖であるガラクトースをベースに酵母を用いてカンナビノイドの前駆体であるカンナビゲノール酸(CBGA)を生成し、そこに異なる酵素を加えたのち熱にさらし脱炭酸するという工程を経てテトラヒドロカンナビノール(THC)とカンナビジオール(CBD)を作り出します。
レポートでは、酵母でカンナビゲノール酸(CBGA)を生成するプロセスを人為的にアレンジすることで、大麻草には存在しないカンナビノイドも生成できると発表しています。
このようにして誕生したCBDは「天然型CBD」などの名称で呼ばれ、CBDリキッド及びCBDグミ、サプリメントの原材料として合法的に取引されています。
大麻から抽出されるCBDと異なりTHC混入の心配がないため、THCが規制対象となっているヨーロッパや日本などの国・地域でも比較的容易に取り扱うことができるというメリットがあります。
まとめ
発酵カンナビノイドの開発を進めているのはアメリカだけではありません。フランクフルトにある Farmako 社は昨年、欧州特許庁に対し、砂糖からカンナビノイドを生成する微生物の世界特許を出願しています。こちらはテキーラの醸造に使われる Zymomonas mobilis という酵母菌を遺伝子操作し、アルコールを生成する遺伝子を排除してカンナビノイドを生成するよう手を加えたものです。
またデンマークのOctarine Bio社、カナダのHyasynth Biologicals社など様々なバイオ生成部門のスタートアップが登場しています。
酒の醸造やパンの発酵など、人間は古代から酵母の力を利用してきましたが、現代の生物工学の技術の進歩にも脱帽せざるを得ません。
<参考>
https://www.cbsnews.com/news/why-does-synthetic-marijuana-make-people-act-like-zombies/
https://www.drugabuse.gov/publications/drugfacts/synthetic-cannabinoids-k2spice