大麻をはじめとするソフトドラッグの使用を早い時期から非犯罪化して、ドラッグ使用に寛容なイメージのあるオランダ。そんな国の首都アムステルダムの歓楽街にある大麻博物館は、知る人ぞ知るユニークな観光スポットとして知られています。
オランダで大麻は合法?違法?
オランダでは60年から70年代にかけてのヒッピー文化の中で流行したドラッグ・カルチャーへの合理的対応として、マリファナや大麻樹脂のハシシ、マジックマッシュルームなどのソフトドラッグを非犯罪化するという、斬新な政策で知られています。これは「合法には当たらないが、犯罪として取り締まらない」というちょっと不思議な政策です。
その理由はドラッグの流通ルートと市民の安全にあるといいます。
ドラッグ全般をまとめて禁止することで、比較的安全なソフトドラッグ市場までもが闇マーケットに支配されて、犯罪組織に資金提供源を与える危険があります。これを阻止するのが第一の狙い。そして市民が彼らと接触することで引き起こされるトラブルを軽減することも大切な目的です。中毒性が高く心身へのダメージの大きいハードドラックと、比較的中毒性の低いソフトドラッグの市場を分断する役割もあるといわれています。
これは厳格なガイドラインのもとで流通させた方がより安全であるという「ハームリダクション」の考えに基づいています。つまり、個人が健康被害や危険をもたらす行動(ドラッグ・飲酒・喫煙など)をすぐにやめることができない時、その行動に伴う害や危険をできるかぎり少なくすることが重要視されるということ。つまりソフトドラッグを政府が管理し手が届きやすくすることで、より大きな被害に歯止めをかけるという目的があるのです。
このため、オランダでは大麻を提供する「コーヒーショップ」の営業も、厳密には違法薬物であるのにかかわらず許可証制を導入し公に行われています。
世界で最も歴史ある大麻博物館
オランダといえば風車、チューリップ、チーズなどを思い浮かべる方も多いでしょう。また首都アムステルダム観光の名所であるゴッホ美術館や『アンネの日記』で知られるアンネ・フランクの暮らした家、名物のパンケーキやワッフル、運河ツアーなども有名です。そしてサブカルチャー好きに穴場スポットとして知られているのが、今回ご紹介する世界でもユニークな大麻博物館です。
正式名称は「ハッシュ、マリファナ&ヘンプ博物館(The Hash Marihuana & Hemp Museum)」。アムステルダムの歓楽街に位置するこのユニークなミュージアムでは、大麻の歴史とカルチャーについて総合的に知ることができます。
ミュージアムのオープンは1987年。オランダの起業家であるベン・ドロンカーズとアメリカの園芸学者エド・ローゼンタールによって設立されました。ドラッグ・危険薬物としてばかり注目されがちな大麻のネガティブなイメージを払拭し、この植物が人類に与えた影響と歴史的な重要性を研究するのが目的です。
しかし80年代当時は大麻に対する風当たりはまだ強く、法務大臣により違法行為を促進していると目をつけられ、公式開館そうそう閉館に追い込まれるという憂き目に遭います。ミュージアムの存在意義を訴えるベン・ドロンカーズの尽力によって、その後ようやく再開にこぎつけることができたのです。ちなみにこのベン・ドロンカーズは世界最大の大麻種子バンク、センシ・シーズの創始者としても有名です。
シェイクスピアのパイプやヘンプ製スクーターも
博物館のコレクションは9,000点以上。紙や帆から、食品、プラスチック、ファッションやデザインまでジャンルは様々。栽培の歴史や喫煙ツール、大麻にインスパイアされた多くの創作、書籍、音楽、アートなどの資料をみることができます。そのほとんどはベン・ドロンカーズが世界中を旅して獲得したもの。日本からのコレクションもいくつかあり、麻で作られたお面や紙、麻織物などが展示されています。
大麻を原料に作られた昔の医療品の瓶、様々な絵画、文豪シェイクスピアの自宅で発見されたという喫煙用パイプなど貴重な品々が展示されているほか、麻織物を作る手織り機などの道具や工業製品も展示しており、産業作物としての重要性についても紹介しています。
ほかにもジャマイカで発生した宗教的思想ラスタファリ(Rastafari)運動やレゲエ音楽の神様として根強いファンの多いミュージシャンのボブ・マーリーなど、大麻カルチャーを語る上で欠かせない人物にまつわる様々な展示も行われています。
新しいところではアディダスの麻製スニーカーや有名メーカーの車のパーツ、オランダの企業が開発した世界初・麻の繊維で作られた電動スクーターなど。「こんなものが作れるの?」とびっくりしてしまう展示品がずらり。本物の大麻も展示されているのです。
開館以来、200万人以上の訪問者を迎えており、併設のミュージアム・ショップでは、大麻から作られた化粧品、シャンプー、麻繊維で作られた衣類などを手に入れることができます。
2012年にはスペインのゴシック地区にあるモダニスタ宮殿にも2号館が誕生しました。現在、両博物館は大麻に関するコレクションと知識センターとして機能し、連日来訪者たちを楽しませています。
オランダの「大麻観光」はどう変化する?
大麻に寛容だったオランダの政策も近年は変化しつつあります。アムステルダムを訪れる旅行者の半分以上がコーヒーショップを訪れ大麻を公に喫煙する「大麻観光」を目的にしているとされますが、2021年に入りアムステルダム市では街のイメージを一掃しようとする動きが活発になり、行政はすでに歴史ある街の中心部に観光客向けの新しいコーヒーショップ(=大麻を販売する店)のオープンを禁じようとするなど、外国人観光客をコーヒーショップから締め出す動きもあるのです。
この行政方針には「コーヒーショップ利用の禁止でより非合法のストリート・ディーラーがそのマーケットを引き継ぐだけだ」という反対意見もあり一筋縄ではいきません。
カナダでは大麻が完全合法化され、米国では嗜好用の大麻の使用を認める動き現在盛んです。アムステルダムのように大麻ツアーも盛んになっています。欧州の大麻先進国・大麻観光国と呼ばれることもあるアムステルダム市で、今後どのような動きが見られるのか気になるところです。
ハッシュ、マリファナ&ヘンプ博物館
所在地:Oudezijdsachterburgwal 148, 1012 Amsterdam
営業時間:10:00~22:00、1月1日:13:00~22:00、12月31日:10:00~17:30、4月27日は休館
参考資料