世界で注目を集める医療大麻。大麻規制に厳しい日本でも導入が検討されるようになりました。本稿では英国で非合法の大麻カフェをオープンし、医療大麻普及につとめる大麻活動家ジェフ・ディッチフィールド氏の20年にわたる活動についてご紹介します。
病人が治療に専念できる社会を
繊維作物や薬草として古代から重宝されてきたものの、20世紀中盤までに麻薬として違法扱いされることになった大麻草。現在は欧米を中心に合法化の動きがありますが、その背景には医薬品としての素晴らしい特性について訴え、病気に苦しむ人が医療大麻を使えるように闘ってきた人たちがいます。難病と戦いながら医療ジャーナリズムの道へ進み、世界初の大麻製薬会社設立の立役者ともなったエリザベス・ブライス(本名:クレア・ホッジズ)は中でもよく知られている存在です。
英国の大麻活動家ジェフ・ディッチフィールド氏もそんな人物の一人です。危険薬物のイメージが強く大麻への風当たりがまだ強かった2000 年代初頭から医療大麻普及活動を続けてきた彼は、病気を抱える患者が医療大麻にアクセスできるよう支援する組織バッドバディーズ(Bud Buddies) を設立し活動を続けています。
法を犯して薬を手に入れなくてはいけないという現実
彼の人生を変えたのは多発性硬化症(MS)に苦しむ友人が、症状緩和に効くからと大麻を使っていることを知った時のことでした。MSは脳や脊髄、視神経のあちらこちらに病巣ができ、視覚や運動障害、痛みやしびれなど様々な症状を伴う難病です。車椅子生活を送る病人の友人が闇マーケットで大麻を手に入れなくてはいけないという現実にディッチフィールド氏は衝撃を受けました。大麻を買うため夜遅くに外出した彼女が強盗に襲われたことにも心を痛めました。
長年運営してきた運輸事業を売却し人生のターニングポイントにあったディッチフィールド氏は「困っている患者が医療大麻を安心して入手できる」ことをミッションに掲げ普及活動を始めました。そして違法であったにもかかわらず、周囲のサポートを得ながら大麻の栽培を始めたのです。
多発性硬化症 (MS) 患者をサポートする英国の団体「MSソサエティ」の2014 年調査でも分かるように、MSの症状緩和のために大麻を使用したことがある患者は20%にも及びます。これは大麻服用によってつらい筋肉のけいれんやこわばり、痛みなどが緩和されるため。病院からの薬では解決できない症状を大麻で抑えながら暮らしている人は多いのです。
医療大麻カフェをゲリラ・オープン
ディッチフィールド氏は、アムステルダムの大麻カフェに影響を受けて作られた英国初の大麻カフェ「ザ・ダッチ・エクスペリエンス」に影響を受け、2003 年に北ウェールズの街リルに一般カフェとメンバー限定の大麻クラブを兼ねた「ベガーズ・ビリーフ(Beggars Belief)」 をオープンしました。
ディッチフィールド氏は、当局に摘発されてしまった「ザ・ダッチ・エクスペリエンス」のようなカフェを自分でもやってみようと考えました。かなり無謀なアイデアですが「ザ・ダッチ・エクスペリエンス」の閉鎖事件に学んで、関係者を守るためより慎重なアプローチを取りました。まず誰でも入ることができる普通のカフェを設置し、店内にメンバー限定ルームを作り、そこで医療大麻を手に入れたり自家栽培の方法を学んだりできるようにしたのです。
会員オンリーの空間を作ることで、警察は単にカフェに入っても何が行われているかを見ることはできず、捜査には令状が必要になります。この令状を得るには証拠が必要となるため、警察は手出しができないという仕組みを作ったのです。
彼はメンバー限定エリアで多発性硬化症、てんかん、がんなど、さまざまな深刻な状態に苦しむ人々に大麻を供給し、多くの人々が医療グレードの大麻にアクセスできるようにするため活動する非営利団体バッド・バディーズを立ち上げます。仕事で稼ぐことにほとんど関心がなく、この当時、大麻ベースの製品をすべてを無料で患者に提供していたといいます。大麻供給も違法でしたが「売買」も犯罪扱いされていたのが理由の一つだったのかもしれません。
逮捕からのカムバック
慎重に運営を行なっていたカフェでしたが、2004 年、ディッチフィールド氏はとうとう逮捕されてしまいます。自分のミッションに語り無罪を主張したものの、大麻所有、栽培、および供給の意図についてチェスター刑事裁判所で裁判にかけられ懲役14年に直面します。彼はそれでも「私は罪を認めることはできない。患者が必要としている薬が与えられないことは間違っている」と訴え続けます。
刑事告発を避け活動を再開するため、彼は「必要性の抗弁」つまり「法律を破ったのは、より大きな悪を避けるために必要だったのだ」という訴えを起こします。
これによって陪審員は彼を無罪としましたが、司法長官は判決に同意せず、2007 年に 2 回目の裁判が行われるまで ディッチフィールド氏は2 年半保釈されることになります。再び有罪を拒否した彼は、300時間の社会奉仕活動を言い渡されます。そして時を同じくして、北ウェールズのリル評議会はディッチフィールド氏と「ベガーズ・ビリーフ」を町から追放する動きを始めます。
評議会は彼からカフェを買収するために 8万ポンドを提示しますが、ディッチフィールド氏は負けじと3倍の25万ポンドという反対提案を突き返します。評議会は交渉を試みましたが、ジェフはそれを拒否し、評議会はディッチフィールド氏の提案通り 25 万ポンドをカフェに支払うことで同意しました。
これによって大麻カフェ「ベガーズ・ビリーフ」は閉鎖されますが、裁判が決着したことを機会に、医療大麻普及団体バッド・バディーズは、活動や研究の拠点を医療用大麻に関心の高いスペインに移すことになります。2015 年にはは 35,000 ユーロを調達して、抗がん剤としての大麻成分の有効性と分離カンナビノイドまたは合成カンナビノイドを比較する研究を実施しました。
そして新天地へ
拠点は移動したもののバッド・バディーズは現在も英国で活動を続けています。2014 年以来、同団体はがんの子供を持つ親の支援を行ってきました。努力が実り、2018年に入り英国でようやく医療大麻が合法化されて以降は、周囲からの圧力も和らぎつつあるといいます。
しかし医療大麻が合法となっても、実際に合法的に大麻を手に入れることはまだ難しく費用も高いため、違法マーケットに頼らざるを得ない人は絶えないと言われています。「バッド・バディーズ」では、現在も医療大麻に手の届かなかったり、処方箋の要件を満たしていない重病患者からの相談を受け、対応に当たっています。
ディッチフィールド氏は、合法化されたにもかかわらず政府が大麻を「医師が処方する安全な大麻(高価で困難)」と「麻薬として路上で買う大麻(危険・品質不明)」に分けることで、本当に医療大麻が必要な人がその恩恵を得られていないことに警鐘を鳴らし続けています。
例えば英国では癌で死にかけている人が、治療のため個人で大麻を栽培すると、14年間の懲役を受ける可能性があります。彼はこのような現状に異議を唱え、2018 年に国会議事堂の外でキャンペーンを行い再び逮捕されています。
彼は現在、英国と縁の深いジャマイカに向け、首都キングストンのカリビアン・カンナビス・カレッジや地元診療所や大麻生産者と協力しています。彼は現在もバッド・バディーズとジャマイカのハーブ療法と組み合わせ、新しい大麻治療の道を模索し続けているのです。
<参考資料>
https://www.manchestereveningnews.co.uk/news/nostalgia/raided-first-day-lost-cannabis-24017204
https://www.mssociety.org.uk/about-ms/treatments-and-therapies/cannabis
https://www.walesonline.co.uk/news/wales-news/cafe-to-open-despite-risks-2469282